341:にゃんこ[saga]
2012/04/20(金) 18:10:14.19 ID:CZrAexFF0
◎
「どう? 食べられそう?」
私の後ろで冷蔵庫の中を覗き込みながら、ムギが私に訊ねた。
私は頭を軽く掻いて、冷蔵庫の中に入っていた野菜を一つ手に取りながら答える。
「普段、賞味期限の表示に頼っちゃってるからなあ……。
正直、判断は難しいんだけど、この野菜を見る限り……」
「見る限り?」
「食べられそうだよ。
いや、違うか……。
余裕で食べられる鮮度だ。新鮮その物って感じだな」
「そうなんだ……」
喜んでいい事なのか微妙そうにムギが呟く。
私だって微妙な気分だった。
そりゃ食糧に困らなさそうなのは助かる。
でも、この現象は何だろうなって思う。
電源の入ってない冷蔵庫に入ってたとは言え、
夏場に一ヶ月近く放置していた野菜がこんなに瑞々しく新鮮に残るもんか?
いやいや、燻製や缶詰じゃあるまいし、そんな事があるもんか。
大体、季節自体がおかしい気がする。
昨日、ホテルに向かいながら感じてた事だけど、妙に肌寒いんだよな。
少なくとも、夏場の服装で耐えられる気温じゃなかった。
それどころじゃなかったから昨日はそこまでは気にならなかったけど、
少し落ち着いて考えてみると、やっぱりかなり寒い気がする。
ロンドンは日本より北の方だからって考える事も出来るけど、それにしても秋口にしては寒過ぎる。
少なくとも九月中頃の気温じゃないと思う。
だから、何となく、思う。
このロンドンは誰かの思い出の中のロンドンなんじゃないかって。
このロンドンに転移(梓の言葉を借りてみるけど)する前から、
澪も和も疑ってた事だけど、やっぱりこの世界は誰かの記憶の中の世界なんだろうな。
唯の机の中に私からの手紙が入ってた事もその証拠になるだろうし、
考えてみりゃ和のタイムカプセルが見つからなかった事と、
あの公園の樹が影も形も存在してなかったって事からも余計に疑惑が深まる。
まるで誰かの思い出みたいな、中途半端に再現された世界だよな……。
そして……、多分だけど、
それはロンドンに転移した私達五人の中の誰かの思い出なんだろう。
色んな事を勘違いしてた私だけど、これだけは間違ってないと思う。
そもそもロンドンに来た事があるのは私達五人だけなんだしな。
妙に肌寒いのも、冬のロンドンにしか来た事が無いからかもしれない。
もしかすると。和達がロンドンに転移されなかったのも、
あの三人がロンドンに来た事が無かったからかもしれない。
勿論、完全な推測なんだけど、少なくとも私はそう思ってる。
私達の思い出……、私達の夢か……。
少なくとも私の夢じゃない……って思いたい所だけど、自信は無い。
大学生になってから、私はらしくなく色んな事を考えるようになってた。
これから本気で音楽の道を進むのか、
進むにしてもこの四人でデビューを目指していいのか、
私から始めた軽音部の活動をこれからも皆に押し付けていいものなのか……。
それに、また梓を含めた五人で演奏したい。
でも、部長として頑張る梓の邪魔はしたくない。
昔を思い出すなんて私らしくないって思いながら、
それでも楽しかった高校生活に思いを馳せる事が多くなってて……。
この世界がそんな私の逃避が生み出した世界だって誰かに言われてしまったら、正直な話、否定は出来ない。
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