478:にゃんこ[saga]
2012/05/27(日) 18:28:08.91 ID:Don8XXFs0
◎
走る。
階段を駆け下りていく。
ビニール紐を腰に巻いて、ライト付きヘルメットを被って、そんな間抜けな姿で私は走る。
間抜けだけど、私が今出来る最善の、最良の装備姿だ。
どんな姿でだって、走ってみせる。
見つけ出してみせる。
ピックを。
私の過去を。
唯が大切にしようとしてくれた物を。
さっき、私は勇気が出せたと皆に言った。
勇気は確かに出せた。
ギリギリの所で踏み止まれた。
踏み止まれたのは澪の拳骨、ムギの信頼、梓の支え、唯の想いのおかげだ。
最低な私が最後の最後で勇気を出せた。
それは本当だ。
でも、怖さは全然無くなってない。
むしろ不安と恐怖はどんどん増して来てる。
それを誤魔化して、拳を握り締めて、唇を噛み締めて、私は走ってる。
怖い……、物凄く怖い……。
唯の事を失うのが怖い。
捨てた過去と向き合うのが怖い。
ピックを見つけられたとして、唯に何て言えばいいのかも分からない。
皆は私を信頼してくれたけど、その信頼に応えられるか全く自信が無い。
無い無い尽くしで我ながら呆れ果ててしまいそうだ。
でも、走る。
走らなきゃいけない。
走らなきゃ、今度こそ私は恐怖で動き出せなくなる。
それは駄目だ。絶対に駄目だ。それだけは許しちゃいけない。
今一番苦しいのは唯なんだ。
唯の苦しみと比べたら、私の恐怖なんて大した事無いんだ。
無いに決まってるんだ……!
「……はあっ!」
溜息なんだか深呼吸なんだかよく分からない吐息が私から漏れる。
何だよ……。
いい加減にしろよ、私……。
何でまたこんなに怖がってるんだよ、畜生……。
本当に苦しいのは唯だ。唯なんだぞ……!
死ぬ事まで覚悟させちゃってるんだぞ……!
だから、進め!
今は私の苦しみなんて考えるな。
もう陽は沈みかけなんだ。
陽が沈んでしまったら、小さなピックを見つけるのがもっと難しくなる。
悩むのは後からだっていくらでも出来るんだから……!
階段を降り切り、私はホテルの玄関から飛び出していく。
視線を地面に向けると、建物や私の影はかなり長くなってしまっていた。
この調子じゃ二時間もしないうちに完全に陽が沈んでしまうはずだ。
勝負は二時間……。
長い時間のはずなのに、気だけが焦る。
そもそも唯が三日間掛けて見つけられなかったんだ。
残りニ時間で私に見つける事なんて出来るんだろうか……?
いや、出来る……、出来るはずだ……!
唯は何の手掛かりも無くピックを捜して見つけ出してくれたんだ。
私がピックを投げ捨てた方向すら把握出来ずに、見つけ出したんだ。
投げ捨てた方向を憶えてる私が、
投げ捨てた私が見つけられなくてどうする……!
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