529:にゃんこ[saga]
2012/06/08(金) 17:59:26.98 ID:RGQQDkqe0
◎
私は全速力で走る。
正直な話、梓が何処を目指して走り出して行ったのかは分からない。
広いロンドンであいつを見つけ出せるのか、不安が無いと言ったら嘘になる。
でも、私には一つの確信があった。
あいつを見つけ出す事は簡単なはずなんだって。
それだけは間違いないと思う。
梓は私の前から逃げるみたいに去って行った。
でも、本当に逃げたかったわけじゃないって事くらいは分かる。
自分の涙を……、自分の弱さを私達に見せたくなくて、あいつは飛び出して行ったんだ。
だから、あいつはすぐ傍には居るって思う。
ホテルの中には居ないにしても、
私が全力で捜せば簡単に見つけられるくらいの場所には。
その点においてだけは私に不安は無いんだ。
あいつは私と違って身勝手に行動するような奴じゃない。
責任感を持って、周囲に気を遣って、精一杯努力する奴なんだ。
本当のあいつの姿を知ってるわけじゃない。
あいつの全てを分かってやれてる自信なんて全然無い。
だけど、私の中では、梓はそういう責任感の強い後輩だった。
私達に心配を掛けるような事は絶対にしないはずだ。
そうだな……。
多分、あいつはホテルのすぐ傍で迷ってるはずだと思う。
つい飛び出して行ってしまったけど、
戻らない事には不安ばかり募ってしまうって事にも気付いてる頃だろう。
梓は私達の手首を包帯で結んだ。
傍に居るために、もう二度と離れないために、私達の繋いだ手を更に包帯で繋いだんだ。
そんな梓があんまり遠くに行ってるはずがないって確信がある。
私達の傍に居たいって思ってくれてる梓が、遠くに行くはずがないんだ。
その点においてだけは安心出来る。
でも、それ以上に不安もある。
さっき、私は梓を誤解させてしまった。
上手く伝えられなかった。
伝えなきゃいけない事を、伝えてやる事が出来なかった。
私がこの世界でこれまで何度もしてしまったように、私はまた私の想いをちゃんと伝えられなかった。
何度も何度も何をやってるんだろうって自分でも呆れるし、もう一度梓と話すのが怖い。
もっと悲しませる事になってしまいそうで、本当に怖い。
それでも、止まらない。
私は足を止めない。
怖くても、進む。
伝えなきゃいけないし、伝えたいからだ。
本当に大切だと思う事を。私達の想いを。皆、梓の事が大好きだって事を。
その結果、私が梓に嫌われる事になったって……。
私は息を切らして、まずはホテルの屋上に上った。
梓がホテルの屋上に居ると思って上ったわけじゃない。
屋上からホテルの周辺を見回した方が梓を早く見つけられると思ったからだ。
私は屋上の柵に近寄ると、首に掛けていた双眼鏡を手に持って瞳を寄せる。
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