577:にゃんこ[saga]
2012/06/20(水) 17:56:31.38 ID:WKz3Fjby0
「さっきの言葉……、あれは気の迷いです!」
「はあっ?」
まっすぐな言葉だった。
確かにまっすぐな言葉だ。
構えてただけに私は自分の力が抜けていくのを感じる。
梓が気の迷いって言うんなら気の迷いでもいいんだけど、
そうまっすぐにはっきりと言われると何とも複雑な気持ちになるな……。
私が苦笑すると、何故か梓が更に顔を赤くさせる。
まるでトマトみたいだな、って私は何となく間抜けな事を思った。
でも、梓にとっては真剣な話のつもりみたいだったから、
私は表情を引き締めて梓の次の言葉を待つ事にした。
視線を彷徨わせた後、息を何度か吸って、梓がまたその小さな口を開く。
「あれは気の迷いなんです。
私、ずっと寂しくて、辛くて、怖くて、誰かに頼りたくて……、
それであんな言葉が出てしまったんだと思います。あんな事を言ってしまったんだと思います。
変な事言ってしまって……、すみませんでした……」
「いや、いいんだよ。それはいいんだ。
でも、忘れないでほしいってのは何なんだ?
気の迷いなら、忘れてほしいってのが普通だろ?」
「いえ、違うんです!」
急に梓が大きな声を出して私の言葉を制した。
どうやら、忘れてほしくないって事だけは間違いが無いらしい。
その一方で梓は自分の言葉を気の迷いって言っちゃってる。
どうも矛盾してる気がするんだが……。
その矛盾には梓自身も分かっていたらしく、
どうにか私に自分の気持ちを届けようとしたみたいで、見る見るうちに早口になった。
早口になるのは、梓の焦った時の癖だ。
「私のあの言葉は気の迷いです……。気の迷いなんです……。
私が律先輩に、あんな時に……、
よりにもよってあんな時に「抱き締めて」なんて言うわけないじゃないですか。
冷静な状態であんな事、言えるわけないじゃないですか。
大体、律先輩に失礼ですよ。
律先輩の想いを利用して、優しさに頼って、
自分を慰めてもらおうとするなんて、絶対にやっちゃいけない事です。
やっちゃいけない事なんです。
それなのに……、分かってるのに……、私は律先輩に縋り付いちゃって……。
だから、あの時の私の行動は気の迷いじゃなきゃいけないんです……。
あんな私が本気だったら……、律先輩に申し訳ないじゃないですか……。
私が私自身を許せなくなっちゃうじゃないですか……」
「梓……、もういいって……。
もういいよ……、そんなに自分を責めるな……。
それはおまえだけじゃない。元はと言えば私が……」
私は言いながら梓の頭に不意に手を伸ばし掛けて……、やめた。
今の梓はそれを望んでない気がしたからだ。
私は手を宙に彷徨わせた後、握り締めて元の位置に戻した。
今は肌の温かさより言葉を梓と交わすべき時なんだ。
だからこそ、私は梓の目をまっすぐ見て、今度は私が真剣な言葉を届けようと思った。
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