過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)
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391:題名「カラー・チェンジ」 1/7 お題「コンディション・グリーン」[sage]
2012/05/20(日) 08:20:36.45 ID:/r/zvaHP0

「大変だよ、三城くん」
 言葉のわりには落ち着いたような、むしろ落ち着くよう自分に課しているかのような口調で、文野はそう言った。言われてから数刻、三城は
右から左の耳を恐るべきスピードで通過して、そのまま大気に溶けてしまった言葉の意味を読みとれず、ただポカンと口を開けて文野を見た。
「三城くん」もう一度、文野は言った「大変だよ」
「大変ね。へえ……何が?」
 三城は口の中で飴玉を転がしながら、気のない返事をする。下の上にリンゴの酸味が広がった。

 文野は小鼻を鳴らした。怒らせたのかもしれない、三城は考える。というのも、どうやら先程の大変だよという言葉は、何の背景もない沈黙
から突然生まれ出たわけではなく、小石を水面に投げ込んだら波紋ができた、というような因果の元に発生した「大変」なのだ。
 けれども、どんな小石を投げ込んでいたのか、三城にはうまく思い出せなかった。こういう脈絡が急に消えてしまう現象は、しかしよくある
ことだった。特に文野との会話では。
 
 ――頭のいいやつと話すのは苦手だ。
 同級生との会話は難しくない。仲睦まじい親子のような会話のキャッチボールを楽しめる。しかし文野は超速球を投げてくる。三城の目はボ
ールがどこに来るかどう打てばいいのか、思考だけ進んで気がつけばボールだ。
 そこで少し気まずくなるのだ、三城はいつもそう思う。それから理解力のない自分に自己嫌悪する。どうして自分はこうもダメなのか、自分
の頭が悪いのか、文野の良すぎる頭が悪いのか。そもそも文野は自分のような冴えない阿呆と会話するタマではないのだ。才色兼備でクラスの
人気者。高校生ながら既に将来のヴィジョンを見据えてそこへ向けて努力している。そんな文野がどうして自分などとつるむのか、三城にはわ
からない。
 
 ――文野が悪いんだ。
 ――気まずいのが嫌なら、どうしてつるむんだ。たかが隣の席に居るだけだというのに。席がえすれば、変わってしまうのに。
 責任転換はなかなか終わらない。目的地がころころ変わるのだ。余談だが、三城の父親はドライブに行くと、あらかじめ目的地を定めても、
思いつきであっちだこっちだと進行方向を変えてしまう。それが短いスパンで起こるから、しまいには車の中だけで一日が終わってしまうこと
もある。そんな時に母親が言う小言が――
「大変だよ、三城くん」
 思考の脱線に気付くのは、大体文野の言葉なのだ。



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