639:>>636 お題:充足 1/1 ◆E9DH6CrGjo[sage]
2012/07/13(金) 18:54:02.83 ID:ZOdEjbQro
雨期の終わりと焼け付くような陽射し。競うように草木の芽吹く、この国の春だ。
豊穣な大地は長く続いた内戦のおかげで、立ち入ることの許されない地雷原に姿を変えた。
一兵卒の端くれとして戦略・戦術における地雷の意味を知らぬわけではないが、いま目の前に
存在するのは、危険と貧困にあえぐ罪なき人々。偽善、自己満足、税金の無駄遣い、母国で飛
び交うそんな言葉も届かぬ遥かなこの地で、私は地雷除去作業に従事している。
『始動前点検、ヨシ』
現地隊員の言葉とともに、地雷除去機のエンジンが唸りをあげる。地響きをあげながらクロー
ラが大地を踏みしめ、爪のついたドラムが地面を叩く。ラジコンのオペレータは手慣れた、し
かし緊張感を持った手さばきで、その巨躯をゆっくりと進めていく。
今日の作業でこの区画も一段落するだろう。道路、水場、住居地、耕作地、集会場、そして
学校建設予定地。村として機能するのに十分な土地が確保され、私たちはこの村を去る。次の
村では道をつくり、また一からの作業が始まる。そして作業が始まれば、さらにその次の計
画。いつ自分たちの土地は安全になるのかと、順番待ちの列は、それこそ争いにもなりかねな
い熱気を帯びている。この国では、誰もが生きることに、こんなにも真剣だ。
もうすぐ離れることになるこの村を、もう一度歩こう。隊員に残り作業の指示を出し、現場
を離れる。水場を巡り、家々の間を巡り、自分の足で大地を踏みしめられる幸せ。こんな幸せ
を感じられなくなった母国に、もしかしたら私は、もう嫌気がさしているのかもしれない。人
間のなんて貪欲で、贅沢なことだろうか。
村のはずれまで歩くと、若い女性が小さな子の手を引いて歩いていた。ここから先は道も荒
れ放題、道を外れれば地雷の除去もしていない危険な土地だ。もちろん彼女たちは百も承知
で、その線から先に歩みを進めることはけっして無い。地雷の犠牲者だろう、彼女の右足は義
足。その母に歩みを合わせる男の子。この国では当たり前の、悲しい、幸せな光景。
ふいに子どもが、道の先を指差した。この道をずっと進めば大都市につながっている。将来
道路が整備されれば、この街道沿いの村も大きく発展するだろう。そのことを知ってか知らず
か、母親もかがみ込み、子と同じ視線で、子と同じ方角を指差した。もの言わぬその笑顔は、
我が子の将来の希望を信じてうたがっていない。
くさはらに ははのほほえみ みちたりぬ
みちなるみらいは はるかにとおく
[了]
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