729:海に還る(お題:五百円) 4/8 ◆IL7pX10mvg[sage]
2012/07/29(日) 22:56:32.34 ID:EC3QnlO+o
「花火やろっか」
足を拭いて堤防まで上がってくるなり、彼女が言う。
「花火なんてあったの?」
「この時期の海っていえば花火くらいでしょう」
それはその通りだが、僕としてはこの時期にどこから花火を仕入れたのかを知りたいとこ
ろだ。後で教えてもらおう。
花火はよくある薄くて大きいあのパッケージである。あれには同じススキが何本も入って
いるので一度にたくさん持って消費してしまいがちだが、一本ずつ大事にしていけば相当な
時間をかけて遊ぶことができるのである。値段も安いし、言うことなしだと評価したい。
「じゃあ、始めるよ」
「うん」
ろうそくに火をともし、蝋を垂らして地面に固定する。これを火種とするわけである。潮
風ですぐ消えそうになったが、火を維持するのも楽しみの一つだ。あらかじめばらしたスス
キを二本取り、彼女に一本渡す。そしてなんとかろうそくが消える前に火を移す。花火の先
から噴き出した光は、ろうそくで慣れたとはいえ少しまぶしかった。
「きれいだね……」
どちらともなく自然に感嘆の言葉が出た。ススキの火は、白、緑、赤、青と様々に色を変
えていく。そして、それが消える前に次に火を移す。ろうそくの火はあまりにも頼りなかっ
たので、花火同士で火を繋いでいった。二本持ちして踊ってみたり、色の違う火を混ぜてみ
たり、時々ろうそくにも火をつけてみたりして、花火をゆっくりと消費していった。
炎に照らされて、夜の空に僕らの顔が浮かぶ。僕らは笑っていたけれど、少しだけ、本当
に少しだけ寂しさの混ざった、そんな笑顔だった。
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