865:少年よ五百円玉を抱け 9/10 ◆1ImvWBFMVg
2012/08/01(水) 07:49:04.66 ID:idTh5FcP0
さきほどまで狂気を募らせていた父親の顔つきが、急に憑き物が落ちたみたいに真顔に
なった。それから必死で、こちらには聞こえない音を聞き漏らさないように真剣に耳を側
立てている父親。
「正美。ごめん、手術間に合わなくて。ごめん。いや父さんホントな、だめだ……」
涙する父親の手には、五百円玉が握られていた。なんということだろう。少女の名前は
正美だったらしい。どこかで聞いたような名前があった物だ。
結局救われたのは完全に自分の方だった。綾音おばさんがいつまでもオーダーを採らない
自分を不思議そうに見てきたが、しばらく当分の間は動けそうになかった。
五百円を片手に、何度もお礼を言う父親を見送りに外へ出ると、夕焼け空が見えていた。
またこの景色を拝める事に感謝の念を覚えながら、一方で荒唐無稽な体験を早く忘れたい
気持ちでいっぱいだった。
とくにあの少女の存在だ。父親を救うためとはいえ、よくもまあ吹聴してくれた物だ。現
実に干渉ができないとか、何のことはないただの幽霊だったんじゃないか。……あれ、充
分すごいのか。まぁとにかくすっかり巻き込まれてしまった。お礼も言いたかったが仕方
ない。懐かしきかの日常に戻ろう。
「いえいえ。お礼なんかけっこうですよ。この場の不幸な事件はこうして未然に防げましたから」
「え……?」
声がする方に振り返ると、後ろには少女が立っていた。五百円玉に憑依する前の可憐な姿のバージョンだ。
「どうもどうも。お疲れ様です。しかし私を使って父親の正気をひきだすとは。意外な解決策でした」
「え?……あぁ、なるほど。お別れの挨拶ってやつだ。べつに良いのに。早く父親のとこ
ろに行ってあげてください」
これでも自分では精一杯の気を利かせたつもりだったが、少女にあっさり否定された。
「あ、ちがいます。正美さん本人ではありません。だいたい言ってなかったけど、わたし
少女の姿じゃありませんから」
またおかしなことを言い出していた。どこをどう見たって少女だ。これを否定するとい
うのだろうか。
「というかね、皆さんわたしの中に自分の一番理想とする姿を見るみたいなんですよね。
でね、人間って入ってくる情報をかなりの割合視力に頼っているので。まぁそういった意
味では軽く望みを叶えることが出来るというか」
「はぁ?」
「いやはい。だからあなたには可憐な少女に見えるし、藤澤正也さんには娘の正美さんに
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