過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)
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963:その命、尽きるとき(お題:女神) 1/10 ◆AWMsiz.p/TuP
2012/08/12(日) 23:26:44.84 ID:j3F87tL90
 年季の入った冷蔵ケースを開いて、僕はソーダ味のアイスを取り出した。いつもと変わらないひんやりとした水色。どこかの誰かが、
青いものは食欲を失わせる効果があると言っていた。じっとアイスを眺めてみる。僕は袋を開けながら、あれは嘘だと思った。
 ソーダ味のアイスには棒が二本ささっており、真ん中のくぼみに沿って縦に二つに分けられる。条件反射のように気が付いたら二つに
割っていた。あいにくもう片方を食べる相手はいない。僕は右手のアイスを口に頬張ると、左手に取り残されたアイスを袋に戻して、冷
蔵ケースの隅っこに隠すようにして入れた。
「あんたこんなところで暇しとらんで、友達と遊びに行ってきな」
 駄菓子屋の奥から、祖母のしゃがれた声が聞こえた。
「僕もそうしたいんだけどね」
 店先のベンチに座ったまま、僕は少し強く声を出した。すぐ近くで蝉が激しく鳴いている。毎年のことだが、やはりうるさい。しかし
祖母に言わせると、それでも少なくなったらしい。あの日、清々したとも、寂しともとれる表情で呟く祖母から目を逸らし、そうだかもね、
と僕は蝉に負けないように少し声を強くしていった。今年八十歳になる祖母の耳には、もういくらかの蝉が映らなくなっている。
 小麦色の肌をした数人の小学生が店に駆け込んできた。いまどきエアコンもない店に喜んでくる物好きは彼等くらいのものだ。十円や
二十円の駄菓子をあれやこれやと計算しながら買っている。そうやって算数の基本や損得をここで覚える。
「よお、坊主」
 声に気付いて顔を上げると、白い髭を蓄えた茂さん(しげさん)が僕の隣に腰を下ろしていた。ランニングシャツに茶色の短パン。左
手に持っている薄汚れた団扇の上で、古臭いアイドルが水着姿で笑みを浮かべている。彼は祖母の古くからの友人だ。もっとも祖母に言
わせれば、腐れ縁というやつのようだが。
「どうも。ご無沙汰してます」
「なんだあ暇そうにして、学校は?」茂さんは煙草を咥えて火を点けた。
「当分前に卒業しました。今は社会人として少ない夏休みを満喫中です」
「ああ、そうだったそうだった。いやいや、歳をとるのは嫌なもんだ。子供はいつまでも子供のままに感じよる」
 それは僕の背が低いからじゃないですか、と言おうとしてやめた。皮肉をいってもしようがない。
「それにしても」僕はアイスを一口かじった。「僕ってそんなに暇そうに見えますか?」
 はは、と茂さんは軽く笑った。
「まあ、若いくせに、こんなボロい駄菓子屋に喜んで入り浸っているのは、お前さんくらいなもんだろう」
 店の奥から、ボロで悪かったね、というしわがれた声が聞こえた。茂さんは、聞こえてたんか、と言いたげに顔をしかめた。
「別に喜んでいるわけじゃないですよ。いないんです。友達が」
 僕は食べ終えたアイスの棒をゴミ箱に放り投げた。地面には数滴染みができていて、そこに蟻が三匹群がっている。就職して一年以上
が経ち、友人とは疎遠になった。僕の仕事は夜勤が多いこと、それと土日祝日が休みでないことが理由のひとつだった。夏休みも七月の
最終週と中途半端な時期なので、土日ならまだしも平日は構ってくれる相手がいない。


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