過去ログ - アッシュ!
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1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/01/26(木) 19:58:23.96 ID:28+l9cyto
 「全ての願いが叶う場所アッシュ」、それは、半ば都市伝説の様な話だが、世界史と同じくらいの真実味を持って人々には信じられている。
 アッシュでは、賢者のあばあさんがその知識を分けてくれるらしい。行きつくには困難があるらしい。巷には噂だけが飛び交い、しかしアッシュに行って帰ってきた、と云う話は一向に聞こえないのである。

****

 同じ時間、同じ場所。私は毎日、同じお祈りをしている。そうすれば、いつか願いが叶うと聞いた。願いは体の大きさには関係ないのだと。日々を積み重ねれば、想いも積み重なるのだと。それは力で、いつか、神様を動かせるのだと。いつもと違う黒い服を着た隣のクラスの先生が、泣きながら私に教えてくれた。何を泣く事があるのだろう。たったそれだけのことで悲しいことが無くなるのならば、泣くより先にやることがある。そうして私は、その日から毎日、同じお祈りをしている。





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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 19:59:32.00 ID:28+l9cyto
 家に帰ってドアを開けると、ジュリーが出迎えてくれた。ただいま、と言いながらその猫を抱きあげる。ただいま、ってどんな意味なのだろう。どこか別の国の言葉だろうかと考えると、おかしくて笑ってしまった。朝ご飯は、昨夜の残りのコーンスープに、帰りに買ってきた焼きたてのバゲット。本当は今朝は違うスープにする筈だったのに、作りすぎてしまったのだ。
 学校の支度を済ませると、ジュリーが機嫌良さそうに寄ってくる。多分、一緒に連れて行けと言いたいのだろうが、前に連れていった時には先生にこっぴどく叱られた。怪人鬼面相というあだ名の先生で、それは先生には内緒らしい。優しい人なのだけれど、皆はすごく怖がっているようだ。偶に、おいしいお菓子を頂いたと言って私をお茶に誘ってくれる。その時のお菓子は帰り道に友人と行く、おじいちゃんのお店のお菓子より甘くないのに、おいしい。こないだは、サイダーの泡みたいに口の中で溶けていくクッキーだった。先生が育てたハーブで淹れたお茶と一緒に、それと、先生と一緒に飲むのが、私のお気に入りだ。
 どこかの花火の音でふと我に返った。ああ、急いで学校に行かないと。玄関のドアを開けて、誰に言うでもなく、いってきます、と言う。ジュリーもどこかに出かけたみたいだ。家を出る時には居ないのに、帰った時は毎回出迎えてくれるのである。戸締りは、確りするようにしているのだけれど。



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:00:25.00 ID:28+l9cyto
 学校はいつも通りの賑やかさだった。日課の授業をこなし、帰ろうとすると階段の下で先生に呼び止められた。怪人鬼面相その人である。
 「帰る前にテラスでお茶でもいかがですか?ジュリー」
 「嬉しいです、エリー先生、今日はいい天気ですからテラスに行きましょう?」
 「それはいい」
 フルネームはエル=カミーノ。私が入学するより随分前からいるらしい。あだ名も生徒から生徒へ受け継がれていて、私も人から聞いてそれを知った。だけど怒っている先生は確かに、鬼の様な顔をしている。鬼って、見たことはないけれど。私はこの街から出たことがない。大人になったら色々なところに行けるらしいから、いつか会えるだろうか。
以下略



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:01:19.63 ID:28+l9cyto
 「あなたが元気そうでいることが、何よりの救いです」
 お喋りを遮るみたいに、突然先生が呟いた。それに、上機嫌だと思っていたのに、少し悲しそうな顔になってしまった。ケーキはとても美味しく、紅茶もとても上手に淹れられたと思っていて、だから驚いた。
 「何を悲しむことがあるのですか?私は毎日お祈りしているし、生活には不満はありません。それにとても元気です。今日も運動の授業で一番をとったのよ?」
 「何かひとりで困っていることはないかしら、ご飯とか、大丈夫?ちゃんと暖かくして寝ている?」
 「大丈夫です、ご飯はずっと手伝っていたし分かります。寝るときはジュリーがお布団に入ってくるから暑いくらいだわ。お買いものをし過ぎてバッグがいっぱいになったのは困って、お役所の方に手伝って貰ったけれど・・・・・・だけど、先生が心配するようなことはないの」
以下略



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:01:47.99 ID:28+l9cyto
 「教わったの、姿勢をよくしていれば、その分背丈も伸びていくんですって」
 「あらあら、それにしたって、十年は早いわよ」
 「十年ですか?そんなに、私待てるかしら」
 「ゆっくり成長すればいいじゃない、色んなものを見て、色んなことを聞いて、そうすれば最後には、そりゃあもう大きくなれるわよ」
 ゆっくり成長すれば、どのくらい大きくなれるのだろうか。大学校の広場の古木はとても大きいけれど、あれはまだ育っている途中らしい。だけど私はあんなに背丈は要らないし、何百年も必要だろう。そんなには待っていられない。
以下略



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:02:35.71 ID:28+l9cyto
 今日も、いつもの朝。空はよく晴れていてローズヒップの色をしている。
 朝は好きだけれど、朝焼けは嫌いだ。理由もなく不安になる。朝焼けの日は雨が降るっていうから、それも関係あるかもしれない。夕焼けはとても綺麗に感じられるのに。何が違うのか先生に訊いたら、時間が違う、と言われた。そのときは納得したのだけれど、こうして見ていると何か別の違和感がある。
 「(もう、行かなくちゃ)」
 着替えてうがいをして、家を出た。マーケットの中の祭壇が一番立派で近いのだけれど、歩くと十五分はかかってしまうのが難点だ。お祈りの時間はジュリーはまだベッドで寝ている。学校には連れていけないけれど、お祈りなら一緒に行きたいと、いつもそう思う。

以下略



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:03:13.15 ID:28+l9cyto
 「あー、お嬢さん、ちょっといいかい」
 「はい、私ですか?何でしょう」
 「済まないが、道を尋ねたい」
 一目見て、そこに木が生えたのかと思った。先生よりずっと大きくて、それに太い。樹齢は何年くらいだろうか。
 「ここはマーケットの中心だと思うんだが、街の反対に抜けようとすると、どっちに行けばいいのだろうか」
以下略



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:03:45.56 ID:28+l9cyto
 「神様、お祈りね・・・」
 男は半ば睨みつけるように祭壇を見ている。巨木だ。大地が逆さになっても、支えられるんじゃないかしら。
 「あの、熱心に神様を伺うのはいいと思うんですけれど、そのような顔で見ていると神様に怒られてしまいます」
 「ん、いや、俺は怒られないさ」
 「何故ですか?神様は遍く人に平等です」
以下略



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/01/26(木) 20:04:42.23 ID:28+l9cyto
 「ふ」
 冗談なんて言ってないのに。失礼さを感じる。
 巨木はまた何かを考え始めた。そうしていると本当に木に見える。
 「俺とジュリーは、対等というわけか?」
 「ここは神様のお膝元、当然です。そうでなくとも、遍く人々は対等であると、先生に教わりました」
以下略



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:30:46.02 ID:4aNGPNyio
 マルタは持っていた荷物を地面に下ろしたら、その場に座り込んだ。こうしないと目線が合わない。
 それにしたって度胸のある娘だ。普通、自分のような人間を見たら先ず逃げ出すだろう。実際、さっきの商店の娘はそうだった。随分熱心に手を合わせているから、そういう真面目な人間ならばどうにか道を訊けると踏んだのだ。それが今やこの娘、ジュリーの方が、俺に突っ込んできている。全く面白い。
 「先ず言っておくが、神様は、信じている人には見える、俺みたいに信じてないやつには、見えない。体を持っていない」
 「見えていないだけなのですね、でも、体がなければ、どのように私たちのお願いを聞いてくれるのでしょう」
 それに、頭の回転も速いようだ。理詰めの話から始めて、しかしそれが通るというのは気持ちが良い。そうすると、つい話に力が入ってしまう。
以下略



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/01/27(金) 23:31:11.81 ID:4aNGPNyio
 「それも違う。祈りは、神様への意思表示なんだ。例えば、必死で夫の看病をしますから病気を治してください、という具合だな。そして、雨乞いの場合は少し違う。この祈りには雨を降らせることはできないが、違う効果がある」
 この娘は少しおかしいと、マルタは考え始めていた。凡その同じ年頃の子どもと比べて、だが。自分がそのくらいの頃はどうだったろうか。
 「例えば連日雨が降らない、干ばつは危機だ。しかし待てども待てども、雨は降らない、明日も降らなかったら、もし次の日も、その次の日も降らなかったら。人々は不安になる、心が腐っていく」
 「だからこそ、お祈りをするのですわ」
 「その通りだな、祈ることによって人々は、いつか雨が降ると信じられる、明日になっても、またその明日に希望を見出すことができる。そうすれば人は腐らない。死にそうなときに腐ってちゃ、本当に死んじまうよ。その希望で、雨が降る日まで生きられるんだ。雨乞いしても雨は降らないが人が生きる活力は生まれる、これは素晴らしいことだ、そう、神様にしかできないな」
以下略



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:31:40.42 ID:4aNGPNyio
 「ああ・・・」
 「神様は、居るんだよ、だけれど、信じてないやつの中には、居ない」
 「分かりました、神様は、願いを叶えてくれるわけではないのですね」
 この娘は、少しおかしい。自分も、出来るだけ分かり易く、筋道を立てて話をしようと思ってはいたのだが、こんなにも、話が通るとは思わなかった。まるで偏見を持っていないようだ。
 神に仕えなければならない人間が、神を疑ってはならない。それくらいはマルタにも分かる。饒舌になり過ぎたと少し後悔した。
以下略



13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:32:10.60 ID:4aNGPNyio
 「じゃあ、ジュリー、俺はそろそろ行かなければ。先生の言うことをちゃんと聞いて、元気でな」
 お節介め。
 「マルタ様、あなたは、これからどちらへ?」
 「ん、俺は探し物をしているんだ、アッシュという場所なんだが」
 「アッシュ?それは、どのような場所なのですか?」
以下略



14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:32:36.41 ID:4aNGPNyio
 「むう、それは、行ってみないことには何とも言えんが」
 「行きましょう」
 「はあ?」
 「私も行きます、何でもお手伝いいたします、私をどうか、連れていってください」
 駄目だ駄目だ。連れていける筈がない。
以下略



15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:33:03.93 ID:4aNGPNyio
 「それは、隣の先生が仰りましたが・・・けれど、エリー先生は言いました、出来ることがあるなら、先ずそれを行いなさいと。だから私は毎日お祈りしていたのです。するべきことが変わりました、私はアッシュに行きます。だけど私は小さいから、だから、お願いします、私の旅に、付いてきて下さい」
 「俺が、ジュリーの旅に?」
 あべこべじゃないか。
 「私の目的の為に私が歩くのであれば、それは私の旅ではないかしら。だけれど仰る通り、私一人でその目的を達成するには、難しいことは分かります。だから付いてきて欲しいのです」
 この娘は。
以下略



16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:33:29.49 ID:4aNGPNyio
 全く、おかしい娘だ、そして、良い子じゃないか。当然、そんな子を連れていくわけにはいかない。神の前で嘘を吐くのは気が引けるが、幸い俺は無神論者だ。
 その、先生、とやらは聞く限り、ジュリーの様に論理的思考の、リアリストだろう。自分の教え子がそんな旅に出ると知れば、如何なる手段を用いても止めてくれるに違いない。
 マルタは立ち上がり、街の出口へと歩き始めた。何に対してでもなく、しかし、ジュリーのまともな成長を祈りながら。


17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:34:54.28 ID:4aNGPNyio
序章2、ジュリーとマルタ

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序章3、ホープとグスタフ


18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/02/08(水) 08:34:27.45 ID:YIbEXQH9o
 「どうしようかねえ・・・・」
 車に追いやられたような狭い歩道を歩きながら一人言ちる。やるべきことはあるにはあるのだが、どうやってそれをすればいいのかわからない。いや、やりようはあるのだろう、無いとすれば、俺のやる気か。
 生来、面倒事はできる限り敬遠するようにしてきた。続いた事もあるにはあるのだが、それは強制されてやっていただけで仕方がない。しかしそれも最近になって、必要性利便性を感じ始めているのだから世話もない。
 横の建物は学校だろうか、大きな施錠された門がある。何故こんなところに門があるのだろう、錠は暫く開けられたように思えない。だが、中からは喧騒が聴こえる。半分机につっぷしながら学生生活を送っていた俺にはあまり縁のない雰囲気だ。生徒の姿は見えないが声が聴こえる、ということは、他に出入り口があるのだろう。
 「(まあ・・・・どうでもいいか)」


19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/02/08(水) 08:34:54.42 ID:YIbEXQH9o
 思考を中断して煙草をくわえた。燐寸で火を点け、酸素と煙草の味を、一対九くらいの比率で吸い込む。何だって最初の一口が一番旨くて、後は映画の余韻のようなもの、尤も、その余韻が良い時間かどうかはその映画に由来するのだけれど。一瞬、外界から自分が遮断される。その瞬きはけっこう短いらしく、直ぐに歩いている自分を認識できた。視界が戻る。このまま歩いていけば、道の先にあるマーケットに入って行くことになるだろう。躊躇いない足取りで俺はその喧騒の中に紛れ込んだ。単に、何も考えていなかっただけなのだが。

 咥え煙草でマーケットを潜りぬけていく。潜らなければならないほど、マーケットは狭く細く長く、そして混んでいた。途中大きな祭壇があって、そこだけ少し開けていた。人も疎らだ。変な像を一瞥した後また、障害物の嵐に足を踏み入れる。
 八百屋、文具屋、家具屋。売る気があるのか分からない商品陳列をしている店も多いが、店の並びからして同じくらい雑然としている。多分それが、このマーケットの売りなのだろう。煙草屋を見付けたのは嬉しかった。


20:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/02/08(水) 08:35:46.97 ID:YIbEXQH9o
 「おじちゃん、ホワイトあるかい?」
 「ああ」
 店主は無愛想だが品揃えはいいようだ。ホワイトとは、ホワイトライトニング。流通量が少ない為、略称で通じると気分がいい。
 「一カートン」
 見付けたときに買っておかないと次はいつ手に入るのか分からない。嵩張るがこればかりは仕方がないことだ。
以下略



21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/02/08(水) 08:36:56.14 ID:YIbEXQH9o
 少し歩くと、白と青のぬいぐるみのようなものが置いてあるのに気付いた。デフォルメされたガチョウ。青いのは着ているセーラ服で、白いのは自身の羽毛だ。手には小さい青竜刀を持っている、いや、よく映画なんかで、海賊なんかが持っている剣か?あれは何と言うのだろう。頭にはオルゴールの上に載っているクルクル回る部分みたいなものを載せている。実家のリビングに何故か置いてあった金色の時計の中にも、同じギミックがあった。シャンデリアにも似ているか。
 疑問を視線に乗せてそのぬいぐるみを見つめていると、それが少し動いた気がした。よく見るとぬいぐるみではないようだ。縫製の後が無い。こっちを見た、何だ、生きているのか。そいつは黄色いビート板のような口を動かす。
 「お前、強いだろ?」
 なんだこいつ。目が鬼気迫っている。できればスルーしたいが、そいつは完全に俺の進行方向をカバーしている。道が狭過ぎて、人が一人普通に立っているだけで通れない、そういえばこのあたりは、客どころか店も少なくなってきている。
 「なあ強いよな、俺と闘ってくれよ」
以下略



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