過去ログ - アッシュ!
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2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 19:59:32.00 ID:28+l9cyto
 家に帰ってドアを開けると、ジュリーが出迎えてくれた。ただいま、と言いながらその猫を抱きあげる。ただいま、ってどんな意味なのだろう。どこか別の国の言葉だろうかと考えると、おかしくて笑ってしまった。朝ご飯は、昨夜の残りのコーンスープに、帰りに買ってきた焼きたてのバゲット。本当は今朝は違うスープにする筈だったのに、作りすぎてしまったのだ。
 学校の支度を済ませると、ジュリーが機嫌良さそうに寄ってくる。多分、一緒に連れて行けと言いたいのだろうが、前に連れていった時には先生にこっぴどく叱られた。怪人鬼面相というあだ名の先生で、それは先生には内緒らしい。優しい人なのだけれど、皆はすごく怖がっているようだ。偶に、おいしいお菓子を頂いたと言って私をお茶に誘ってくれる。その時のお菓子は帰り道に友人と行く、おじいちゃんのお店のお菓子より甘くないのに、おいしい。こないだは、サイダーの泡みたいに口の中で溶けていくクッキーだった。先生が育てたハーブで淹れたお茶と一緒に、それと、先生と一緒に飲むのが、私のお気に入りだ。
 どこかの花火の音でふと我に返った。ああ、急いで学校に行かないと。玄関のドアを開けて、誰に言うでもなく、いってきます、と言う。ジュリーもどこかに出かけたみたいだ。家を出る時には居ないのに、帰った時は毎回出迎えてくれるのである。戸締りは、確りするようにしているのだけれど。



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:00:25.00 ID:28+l9cyto
 学校はいつも通りの賑やかさだった。日課の授業をこなし、帰ろうとすると階段の下で先生に呼び止められた。怪人鬼面相その人である。
 「帰る前にテラスでお茶でもいかがですか?ジュリー」
 「嬉しいです、エリー先生、今日はいい天気ですからテラスに行きましょう?」
 「それはいい」
 フルネームはエル=カミーノ。私が入学するより随分前からいるらしい。あだ名も生徒から生徒へ受け継がれていて、私も人から聞いてそれを知った。だけど怒っている先生は確かに、鬼の様な顔をしている。鬼って、見たことはないけれど。私はこの街から出たことがない。大人になったら色々なところに行けるらしいから、いつか会えるだろうか。
以下略



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:01:19.63 ID:28+l9cyto
 「あなたが元気そうでいることが、何よりの救いです」
 お喋りを遮るみたいに、突然先生が呟いた。それに、上機嫌だと思っていたのに、少し悲しそうな顔になってしまった。ケーキはとても美味しく、紅茶もとても上手に淹れられたと思っていて、だから驚いた。
 「何を悲しむことがあるのですか?私は毎日お祈りしているし、生活には不満はありません。それにとても元気です。今日も運動の授業で一番をとったのよ?」
 「何かひとりで困っていることはないかしら、ご飯とか、大丈夫?ちゃんと暖かくして寝ている?」
 「大丈夫です、ご飯はずっと手伝っていたし分かります。寝るときはジュリーがお布団に入ってくるから暑いくらいだわ。お買いものをし過ぎてバッグがいっぱいになったのは困って、お役所の方に手伝って貰ったけれど・・・・・・だけど、先生が心配するようなことはないの」
以下略



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:01:47.99 ID:28+l9cyto
 「教わったの、姿勢をよくしていれば、その分背丈も伸びていくんですって」
 「あらあら、それにしたって、十年は早いわよ」
 「十年ですか?そんなに、私待てるかしら」
 「ゆっくり成長すればいいじゃない、色んなものを見て、色んなことを聞いて、そうすれば最後には、そりゃあもう大きくなれるわよ」
 ゆっくり成長すれば、どのくらい大きくなれるのだろうか。大学校の広場の古木はとても大きいけれど、あれはまだ育っている途中らしい。だけど私はあんなに背丈は要らないし、何百年も必要だろう。そんなには待っていられない。
以下略



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:02:35.71 ID:28+l9cyto
 今日も、いつもの朝。空はよく晴れていてローズヒップの色をしている。
 朝は好きだけれど、朝焼けは嫌いだ。理由もなく不安になる。朝焼けの日は雨が降るっていうから、それも関係あるかもしれない。夕焼けはとても綺麗に感じられるのに。何が違うのか先生に訊いたら、時間が違う、と言われた。そのときは納得したのだけれど、こうして見ていると何か別の違和感がある。
 「(もう、行かなくちゃ)」
 着替えてうがいをして、家を出た。マーケットの中の祭壇が一番立派で近いのだけれど、歩くと十五分はかかってしまうのが難点だ。お祈りの時間はジュリーはまだベッドで寝ている。学校には連れていけないけれど、お祈りなら一緒に行きたいと、いつもそう思う。

以下略



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:03:13.15 ID:28+l9cyto
 「あー、お嬢さん、ちょっといいかい」
 「はい、私ですか?何でしょう」
 「済まないが、道を尋ねたい」
 一目見て、そこに木が生えたのかと思った。先生よりずっと大きくて、それに太い。樹齢は何年くらいだろうか。
 「ここはマーケットの中心だと思うんだが、街の反対に抜けようとすると、どっちに行けばいいのだろうか」
以下略



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/26(木) 20:03:45.56 ID:28+l9cyto
 「神様、お祈りね・・・」
 男は半ば睨みつけるように祭壇を見ている。巨木だ。大地が逆さになっても、支えられるんじゃないかしら。
 「あの、熱心に神様を伺うのはいいと思うんですけれど、そのような顔で見ていると神様に怒られてしまいます」
 「ん、いや、俺は怒られないさ」
 「何故ですか?神様は遍く人に平等です」
以下略



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/01/26(木) 20:04:42.23 ID:28+l9cyto
 「ふ」
 冗談なんて言ってないのに。失礼さを感じる。
 巨木はまた何かを考え始めた。そうしていると本当に木に見える。
 「俺とジュリーは、対等というわけか?」
 「ここは神様のお膝元、当然です。そうでなくとも、遍く人々は対等であると、先生に教わりました」
以下略



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:30:46.02 ID:4aNGPNyio
 マルタは持っていた荷物を地面に下ろしたら、その場に座り込んだ。こうしないと目線が合わない。
 それにしたって度胸のある娘だ。普通、自分のような人間を見たら先ず逃げ出すだろう。実際、さっきの商店の娘はそうだった。随分熱心に手を合わせているから、そういう真面目な人間ならばどうにか道を訊けると踏んだのだ。それが今やこの娘、ジュリーの方が、俺に突っ込んできている。全く面白い。
 「先ず言っておくが、神様は、信じている人には見える、俺みたいに信じてないやつには、見えない。体を持っていない」
 「見えていないだけなのですね、でも、体がなければ、どのように私たちのお願いを聞いてくれるのでしょう」
 それに、頭の回転も速いようだ。理詰めの話から始めて、しかしそれが通るというのは気持ちが良い。そうすると、つい話に力が入ってしまう。
以下略



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします
2012/01/27(金) 23:31:11.81 ID:4aNGPNyio
 「それも違う。祈りは、神様への意思表示なんだ。例えば、必死で夫の看病をしますから病気を治してください、という具合だな。そして、雨乞いの場合は少し違う。この祈りには雨を降らせることはできないが、違う効果がある」
 この娘は少しおかしいと、マルタは考え始めていた。凡その同じ年頃の子どもと比べて、だが。自分がそのくらいの頃はどうだったろうか。
 「例えば連日雨が降らない、干ばつは危機だ。しかし待てども待てども、雨は降らない、明日も降らなかったら、もし次の日も、その次の日も降らなかったら。人々は不安になる、心が腐っていく」
 「だからこそ、お祈りをするのですわ」
 「その通りだな、祈ることによって人々は、いつか雨が降ると信じられる、明日になっても、またその明日に希望を見出すことができる。そうすれば人は腐らない。死にそうなときに腐ってちゃ、本当に死んじまうよ。その希望で、雨が降る日まで生きられるんだ。雨乞いしても雨は降らないが人が生きる活力は生まれる、これは素晴らしいことだ、そう、神様にしかできないな」
以下略



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2012/01/27(金) 23:31:40.42 ID:4aNGPNyio
 「ああ・・・」
 「神様は、居るんだよ、だけれど、信じてないやつの中には、居ない」
 「分かりました、神様は、願いを叶えてくれるわけではないのですね」
 この娘は、少しおかしい。自分も、出来るだけ分かり易く、筋道を立てて話をしようと思ってはいたのだが、こんなにも、話が通るとは思わなかった。まるで偏見を持っていないようだ。
 神に仕えなければならない人間が、神を疑ってはならない。それくらいはマルタにも分かる。饒舌になり過ぎたと少し後悔した。
以下略



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