888:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[saga]
2012/05/13(日) 23:55:40.01 ID:DZQ2v8yTo
「こんな時間になっちゃったけど、家は大丈夫?」
僕は今更ながら心配になって妹に聞いた。
「うん。最近はお兄ちゃんのご飯の支度とかしてないし、家にいても自分の部屋にいるようにしてるから」
だから心配しないでと彼女は少しだけ泣いた跡を残している顔で微笑んだ。
「じゃあ帰ろうか。駅まで送っていくよ」
僕は立ち上がった。
「ありがと」
妹は男のこういう親切には慣れているようで、三年生で生徒会長で部長の僕の申し出にも恐縮することなく自然に礼を言った。
そうして僕と妹は二人並んで駅の方に歩いて行ったのだった。もう下校時間はとっくに過ぎていたはずだけど、それでも数人の学校の生徒たちが駅の方に向かって歩いている姿を見かけた。
逆に言うと僕と妹が寄り添って歩いている姿も彼らに見られているはずで僕はそのことを少し心配したけれど、妹は他の生徒たちの視線など全く気にしていないようだった。
駅の改札まで来たところで妹は僕を振り返り、僕の片手をその華奢な両手で握った。
「先輩ありがと。あたし、人に感情を見せるのが苦手だからそうは見えないかもしれないけど、先輩にはすごく感謝してる」
ふいに僕の心臓がごとっていう粗雑で大きな音を立てたように感じて僕は狼狽した。妹に聞かれなかったろうか。
「まだ、僕は何もしてないよ。感謝するならもっと先だろ」
僕は何とか辛うじて冷静に返事をすることができた。
「ううん。今でも先輩には凄く感謝してます―――こんなことお兄ちゃんにもお姉ちゃんにも相談できないし」
状況的に言っても利害関係的に言ってもそれは彼女の言うとおりだった。彼女には兄君への想いを相談できる相手は身近にはいなかったのだ。
客観的かつ全人格的に彼女の相談を受け止めてあげられる人。傾聴者とはそういう人間のことを言う。彼女にとってはそれは僕なのだった。
「いいよ。何度も言うようだけど、そして僕は君の好意とかは全然期待していないけど・・・・・・それでも僕は君のことが好きだから君を助けたい」
「先輩・・・・・・」
その時、急に妹は僕の手を握りながら背伸びをして僕の頬に唇を軽く触れた。
「じゃあ、また明日ね。さよなら先輩」
僕は頬に残る妹の唇の感触を感じながら彼女に手を振った。
・・・・・・客観的かつ全人格的に。僕がそうでないことは今の僕が一番よく知っていた。妹のことを考えているようで、実はこれは僕にとって極度に自分勝手なゲームだった。
僕の思い出を踏みにじった女。
僕の(偽装だけど)告白を断った幼馴染さん。
僕が今惹かれている妹。
女、幼馴染さん、妹。その全員が兄君への想いを抱え込んでいるのだった。僕の周囲の女の子を独り占めしている兄君。これが兄友君なら僕はいっそ気が楽だったろう。成績優秀でスポーツ万能でイケメンの彼なら。
僕の心に副会長の兄君への評価が思い浮んだ。あの時彼女は兄君のことを一言でばっさり切り捨てたのだった。
『普通だよ、普通。顔も普通だし成績も普通』
女や幼馴染さんのことは仕方がないけど、僕にはまだ唯一の希望として妹がいる。妹を手に入れ、兄君には相応の罰を下そう。そのために女が巻き込まれてもそれは僕を裏切った彼女の自業自得というものだった。
僕はその日、頬に残る妹のキスの感触を何度も思い出しながら帰宅の途についた。その時の僕には、おぼろげながらこの先すべきことはだいたい見当がついてきていた。
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