過去ログ - 台本を数行書いたら誰かが地の文付きで描写してくれるスレ
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40:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(茨城県)[saga]
2012/03/29(木) 10:07:13.79 ID:kiMlOEey0
鉄が軋む音が、耳から離れない。
彼らがこの戦争の最前線に来て、もう一週間になろうとしていた。鳴り止まない銃声、爆音、戦車や移送車両のエンジン音、ジェット戦闘機の通過音。その全てが、しばらく前には誰よりも遠くに感じていたはずのもので、この一週間で鼓膜の奥の奥まで染込まされたものだった。
実際問題、まだこのバンカーの外では戦闘が続いているのかもしれない。この耳鳴りのような感覚は、幻聴などではなく事実なのではないか。男はそう思案して、日夜問わず継続可能な戦争を作り出した現代文明を呪った。

彼の不穏な予測は当たっていた。やがて交代時間となり、部屋に帰ってきた友人の姿は、潤滑油と炸薬の臭いに塗れ、汚れていた。気がつけば静かになっている聴覚は、もはや男にとって問題ではなかった。彼のその姿を見れば、戦争体験の想起に事足りないことなどないだろうからだ。

もはや声は掛けつくした。励ましあうことも、泣きあうことも、罵り合うことも、謝り合うことも、全て通過してしまった道だ。
一週間という時間は、戦争にとっては短すぎ、そして彼らにとっては長すぎたのだ。
終わらない戦争が人々に掛ける負担は、莫大なものになる。そんなことは想像に難くない。男は、友の疲れきった表情を見てそれを痛いほどに感じていた。 そして、この苦痛が永遠に二人へと圧し掛かるように思えて、酷くこの戦争の元凶を恨んだ。
たった14キロメートル―――そう、14キロメートルだ―――先の防衛線を破れれば、その奥の敵国司令官を潰せる。朝の演説で彼らにそう語る基地指令の自信に満ちた顔も、今となっては永遠に食べることの出来ない、眼前に吊り下げられたニンジンだったのではないか、そう思えて仕方がなった。

―――ごそごそ。男は、ふと鳴り出した心地いい音に意識を奪われた。布が擦れ合う音。今までだったら、戦争に耳が侵される前だったら、意にも介さなかったような音だった。だが、それが今は耳に染み入ってく。男はそれを愛おしく思った。ずっと鳴り止まないで欲しいと思った。

すっと音が止む。静まる室内。それを残念に思った男は、いつのまにか固く閉じていた瞼を開き、音の原因を探ろうとした。
音の主は、彼の友人だった。当然といえば当然である。この部屋には男以外に、友人しか人は居ない。おそらく今出ている夜警役以外は、今は休憩時間のはずだ。せめて、有り余っているはずの真新しい戦闘服に着替えたって罰は当たらないはずだ。
しかし、見れば彼の出で立ちは予想に反した奇妙なものだった。汚れてしまった迷彩柄の戦闘服を脱ぐことなく、その上に、幾つかの大きいポケットのついたジャケットを羽織っていた。そして彼は帽子をしっかりと被ったのだった。
休憩している兵にも出動を要請する際には、基地内には武装待機を指示する趣の放送がかかる筈であった。当然、男はそんなものを聞いてはいなかった。だというのに、休息の時間を迎えた男の友は、今準備をしている。まるで、今から戦場に向かおうとしているかのように。
そして。

「お前……、何を……?」

友はそれに答えずにッカーの前に立ち、そしてポケットから何かを取り出した。鍵だった。友はそれを鍵穴の付いた引き出しに差し込んだ。そこはここに初めて来たとき、何が入っているのかと友と男が怪しんだ場所だった。
ガチャン!! 単なる金属ロッカーにしては重すぎる音が鳴った。鍵が開いたようだ。男は友の様子を、体を強張らせながら見つめた。鍵が開いた瞬間、友の体は固まった。だが、やがて深い一呼吸をして、一気に引き出しを引いた。

「……」

友はそこから、黒い機械のようなものを取り出した。何色ものコードが乱雑に延び、むき出しの基盤が端から姿を出し、そして、その中心には。

「そいつは、まさか―――!!」

思わず大きな声が漏れた。しかし、友は男の方を向かない。ただその機械を、ジャケットの一番大きなポケットに仕舞い込んだ。
そして男の叫びを意に介さないかのように、友は焦点の定まらない目を、部屋の扉の奥へと向けた。
その様子は、男に恐怖を抱かせた。純粋な、恐怖。何かを永久に失ってしまう恐怖。取り返しが付かないことが起ころうとしている。
しかし男は、友の扉へと向かう足取りを止めることが出来なかった。

思えば、何故この部屋に入ってきたとき友に話しかけなかったのだろうか?それを思い返して男は愕然とした。しなかったのではない。出来なかったのだ。もう、初めから拒絶されていた。勝負は既に決していたのだ。

友は、その背中に何も見せないまま、戸の前に立った。そして、こう言った。

「……後は任せた」

それだけだった。それが、最後だった。




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