19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2012/05/05(土) 12:26:56.42 ID:r7NxxgN10
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彼女はひっそりと佇んでいた。両手を回しても抱えきれないほどの大樹の裏にひっそりと、その気配を大気中に溶け込ませ、静謐に、まるで存在しないようにそこに在った。
「お、り、こー!」
だがそんな静かな在りようも、ただ一人の少女の前には無力だったようだ。先の会話からここに至るまでの数十分間、キリカによる惚気話を散々に聞かされたマミは若干辟易としていて、これでようやくそれから解放されるのだと思うと晴れ晴れとした気分になるほどだった。
昼の時と同じように、キリカは織莉子の胸へと顔を埋めて甘えていた。におい、という最も強く生理的な影響を与えてくる感覚を用いて、脳に直接「美国織莉子」という存在を刻み込んでいるかのようようだ。人目も憚らず、つまりはマミの視線なんかお構いなしに、キリカはすんすん織莉子のにおいを全力で堪能していた。
一方織莉子はと言えば、今回は汗のにおいを理由とした拒否などをせず、動物のように自らに甘えてくる少女の頭を「良い子、良い子」と撫でさすっていた。それは「受け容れる」、受容というものから若干外れたものであるかのように、マミには思われた。つまり、織莉子の方がキリカを求めているのではないかという。
「……仲が良いのね」
これほどまでの仲を見せつけられたマミの脳裏に、どうしようもない邪推が出来上がっていった。彼女の知らない世界、縁遠い領域。一般の女子と同じくかっこいい男の子に憧れを抱く初心なマミからしてみれば、こんな百合百合しい世界は全くの未知だったのだ。
その、本来のマミならば唾棄してしまうような思考、邪推の一端が、口を衝いて出た。言外に、ちょっと仲が良すぎるのではないか、という意味を含んで。
「ええ、そうよ。私たちは、愛し合っているの」
「そういう訳さ。私はね、好き、なんて言葉じゃ表現できないくらい、織莉子を愛しているんだ」
「そして私も同じように、キリカの事を愛しているの。とっても――そう、とっても大事な子なのよ」
キリカはいつの間にやら顔を胸から離し、織莉子のからだを抱きしめていた。少しだけ背伸びして、織莉子の耳元、吐息が触れるくらいの近距離で、まるで見せつけるかのように愛の言葉を紡ぐ。織莉子も同様に、キリカの耳元で愛の言葉を囁く。
マミは心を抉られた気分になった。自分には愛すべき対象など、愛してくれる存在などいはしないのだと、突きつけられているようで。
たとえそれが同性愛であろうと、あるいはそれがただのマミの思い違いで実際ただの濃い友人関係に留まっているものであるのだとしても、こうまで深く身を寄せ合える仲にあるこの二人の姿を見せつけられて、マミは己の寂しい姿を想起せずにはおられなかった。マンションの一室で、身綺麗に、けれど訪ねてくる者など誰もおらず、ひっそりと一人で食べる夕食を思い出して、心臓を締め付けられるような思いがした。
違う、と心の中で否定する。
私には友達がいる。クラスメイトが、笑いかければ笑みを返してくれる仲間が。魔法少女などではなくとも、確かに友達がいるのだと、マミは自分に言い聞かせた。いつも感じている僅かな疎外感を、心に蓋をして圧し殺した。
「……と、いつまでもこうしていたいのはやまやまだけれど、そうもいかないわね。魔女を倒しに行かなければ」
そんなマミの心中を知ってか知らずか、美国織莉子は、例のどこまでも慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、マミに話しかけてきた。
「えー、ずっとこうしていたいんだけれどなぁ……」
「もう、あとでいくらでもこうしてあげるから。だから――ほら、巴さんも待たせてしまっている事だし」
「分かった……絶対だよ?」
「もちろんよ!」
「そういう事で……行きましょうか、魔女の所まで。ね、巴さん」
「……ええ」
手をつないで歩き出した二人を前に、マミは口中に苦いものが広がっていくのを感じた。
自分はずっと一人で戦ってきたというのに、この違いはなんなのだろう。どうして彼女らはあんなに仲睦まじくしていて、私はこうまで寂しくしていなければならないのだろう。
底冷えするような昏い感情が己の心を占めていくことに、この時ばかりは、マミはあまりにも無頓着だった。
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