21:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2012/05/05(土) 12:28:17.77 ID:r7NxxgN10
ここにおいてもいちゃつき始めた二人に苛立ちを感じながら、マミはあばら家に近づいていく。この苛立ちの正体は、いったいなんなのだろう。ついぞ感じた事のない、彼女ら――いや違う、「彼女」へと向けられた感情、それは。
そのあばら家の状態は、とてもひどいものだった。木造のそれは造りも古く、割れた窓ガラスと桟に溜まった砂埃が、長年人が棲んではいない事を物語っている。近くにでかい道路があるせいだろうか、ひどくふすぐれ、全世界の雨雲をこの一点に凝縮したように壁面は汚れ果てている。
そこは、まさに廃墟だった。
「魔女が現れるまでもうしばらくかかる事だし、少し、この魔女の性質について話しておきましょうか」
美国織莉子の予知というものはひどく便利なものだった。およそ最近現れるだろう魔女の居場所、性質、攻撃方法まで予測できてしまうのだから。織莉子は苦笑いしながら「外すこともある」と言ったが、それでもこうまで精確な予言をできるというのは、恐らくは敵に回れば恐ろしく厄介なことになるだろう。戦う前から手の内が丸見えなのだから、これほど性質の悪いことはない。
「でも、どうしてこんな所に魔女が現れるのかしら。確かにこの家は気味が悪いけれど、ここはひと――車の通りも多いみたいなのに。貴女も知っているでしょうけど、魔女は普通人気のない、陰気な場所に現れるものと相場が決まっているのに」
こうしている間にも、大小さまざまな車がこの四車線の道路を行き来している。排気ガスをまき散らし、NOxだかSOxだかを空気中に拡散させながら、アスファルトを踏みつけて走っていく。とかく日本という国は、車が多い。その全てを道路に置いたなら、一割が海に落ちるてしまうのではないかというくらいに。
マミは、車がそれほど好きではない。嫌でもあの日の事を思い出してしまうから。
「あれ、でしょうね」
美国織莉子の指さす方向――十字路の端には、白い花が捧げられていた。
マミは、絶句した。
「私の能力で見滝原の至る所をサーチした結果分かったのだけれど、どうやら魔女は場所を選ばないようね。彼女らは各々に適した場所を選んで、そこを狩場にするだけみたい。人の滅多に立ち寄らない場所を好むのも事実だけれど、中にはこういった、騒々しいのを好む輩もいるにはいる。それに、陰の気自体は場所に関係なく溜まるもののようだし」
「織莉子に言われて確認してみたんだけれど、どうやらこの場所は、3年前に初めて起こった事故を機に年間事故発生数が跳ね上がっているらしいんだ。その時から魔女がいたのか、それから魔女が居つくようになったのか、それは判然としないことだけどね」
「ご存じの通り、魔女は人間の負の感情エネルギーを喰らって自らの糧とする。人間を襲うのはそのための一手段に過ぎないわ。人間の死ぬ間際に出す絶望は、きっととても大きなものになるでしょうから。でももし、直接ひとを襲わず間接的な影響だけで感情エネルギーを入手できるなら――彼女らにとってもそちらの方が都合が良いでしょうね、自分の縄張りを移動し続ければ良いだけのことだもの。魔法少女に妨害を受ける可能性もずっと低くなる。もっとも、私にはそんなの通用しないのだけれど」
「……」
「私が魔法少女になって、今日でちょうど1週間になるわ。キリカは、5日ね。その間に倒した魔女の数は、累計で4体。うち3体が、より能率的に人間から感情を搾取する手段を用いていた。彼女らには知恵が――もちろんそれは本能的なものなのでしょうけれど、確かに存在しているわ」
「その残った1体というのは――」
「人間を殺すことに愉悦を感じる、最低な魔女だったよ。今思い出しても胃がむかむかしてくるね」
「……詳しくは聞かない事にしておくわ」
「うん、その方が賢明だよ、黄色」
「……そろそろ名前を覚えてくれないかしら?」
「やだよメンドくさい」
「……」
どこまでも失礼な少女だと思った。少なくとも、これから仲間になろうという人物へ向けるべき対応の仕方ではない。
こんな娘が、なぜああも完璧な彼女と一緒にいるのだろうか、愛されているのだろうか。マミは不思議でならない。
「さて……そろそろお出ましのようね。巴さん、用意をしておきましょう。キリカ、いつも通りに、ね」
「うん!」
廃屋の、恐らくは居間にあたる場所に、空間の歪みが生じ始めた。目視せずとも伝わってくる禍々しい邪気は、確かに魔女のそれだった。
「ええ、行きましょう」
学年は同じでも、魔法少女としてのキャリアは自分の圧倒的に方が上だ。なら、少しくらい先輩らしいところを見せても良いだろう。
マミは、既に彼女らに、より正確に言えば美国織莉子に、既にかなりの信を置き始めていた。彼女は包み隠さず話す。そしてその喋り方も、とても心に染みるものだった。
マミが織莉子の由来を知っていたならば、その理由も腑に落ちたかもしれない。そしてもっと警戒心を持っていたかもしれない。
織莉子の話しぶりは彼女の父親そっくりで、まさにそれは、人の心に訴えかける"演説家のしゃべり"そのものだったのだから。
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