58: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/06/07(木) 01:23:23.60 ID:gQCy6oSp0
***
夜、雲は少なく、星々は瞬きを繰り返し二人のことを眺めている。
白い丸テーブルの上にはランプの火が揺らめいていて、それに従ってキリカの瞳がちらちらと小さな反射を返す。
織莉子は丁度良い按配になった湯をティーポットに注ぐと、少しだけ蒸らし、二人分のカップへと注いだ。
「うまくいったね」
「ええ、もう彼女はよほどの事が無い限り、私たちを疑いもしないでしょうね」
キリカはジャムを紅茶に沈める。
音もなく茶色の液体に沈んだゲルは、スプーンに引っ掻き回され撹拌されて消え去った。
「いつ切り出そうか」
「まだ早いわね。信用を勝ち得たと言っても、所詮は入り口に立ったに過ぎないわ。
彼女の主導権を"あいつ"から奪取するまでは、真実を明かすのは控えた方が良いと思うわ。
……"ワルプルギス"との戦いに影響が出るのも困りものだから、出来るだけ早い方が良いのも事実だけれどね」
「ヤワだなぁ、黄色も。
たかだか"魔法少女が魔女"になる程度で、そう簡単にぶっ壊れてしまうだなんて」
「彼女は正義のヒーローを気取っているのよ。
そのヒーローが、堕して絶望を齎す者になると言う事実は、彼女にしてみれば耐え難いものよ」
キリカは紅茶に角砂糖を三つ投入した。
ジャムのせいでもうかなりの濃度になっていた紅茶は飽和してしまい、中途半端に溶けた砂糖がカップの底を占めた。
「ま、私はそんなの興味ないけどね。
誰がどんなことを考えて動いていようが関係ない、私は織莉子さえいれば満足なんだから」
「ありがと、キリカ。
……自らの理由を喪失した彼女は、頼るべきものが必要になる。それが私たち、もっと言えば"私"ね。
それを為した時、私は真に巴マミを掌握できる」
にやり、とキリカは笑う。
常人には口に出来ないほどの甘さを誇るさっきの紅茶は、すでに飲み干されていた。
「けれど黄色は、私たちの楽園には必要ない」
「もちろん!私たちは、私たち以外を必要としないもの。
異物は排除するに限るわ、それがどんなもの、ひとであれ」
織莉子は微笑みながら、キリカにもう一杯の紅茶を注ぐ。
間髪入れず、キリカはそれにジャムと砂糖を突っ込んだ。
白いテーブルに、白いランプ、白い椅子、白い月明かり。
辺りには色とりどりの薔薇が咲き誇っている。
夜風が吹いて、長い銀髪が揺れた。
夕食の時に交わした会話の内容は、碌に覚えていなかった。
つまりは至極どうでも良いことなのだ、彼女との会話など。
キリカも言っていたが、やはり不要な事に脳のリソースを割くのはバカらしいことだ。
すべてが終わったその後で、巴マミにはノーを突きつけてやる必要があると織莉子は思った。
全身全霊で、巴マミという全存在を否定してやると、そう誓った。
この場に似つかわしくない、まるで地の底で燻る鉛のような感情が、織莉子の胸を占めていた。
キリカは専用回線を通じてその想いを共有すると、歓喜に打ち震えた。
織莉子が、これほどまでに自分の事を思ってくれていることに。
[つづく]
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