74: ◆qaCCdKXLNw[saga]
2012/07/17(火) 03:54:30.42 ID:yIkrPX16o
織莉子は契約した。そして魔法少女になった。
その代償は、「織莉子自身の生きる意味を知りたい」というものだった。
父は死んだ。受け継いだ想いも否定された。いや、そもそも父はその想いを抱いていたのだろうか。
だがそれでも、私は世界に尽くそうと思った。飽くまでも私自身の意志で。でもそれすらも、私が私であることすらも、世界は否定した。
世界にとっての私とは、とどのつまり「美国」に包含された要素Aに過ぎなかったのだ。
もし。もし、そうだとして。
もし、私が父の添え物に過ぎなくて、美国の娘でしかなかったのだとしたら、その両方を欠いた今の自分という存在はいったいなんなのだろう。
知りたい。
私は、"今の"私が生きる意味を、知りたい。
「おめでとう、きみの願いはエントロピーを凌駕した――」
白い、真珠のような結晶塊が織莉子の胸元に顕現する。
そこを中心として、なんらかの超常的なエネルギーが織莉子の体中に拡散していく。
胸、お腹、胴体、肩、手脚、そして頭へと、織莉子がこれまで感じたことのなかった"ちから"の奔流が、肉体の隅々にまで染み渡っていった。
凄い力、と織莉子は思った。もしかしたら、この力があれば知ることができるかもしれない、私自身の生きる意味を。
「さぁ、きみの魔法<チカラ>を試してごらん」
その白い饅頭のような奇妙な生命体は言った。
織莉子はその言葉に頷くと、意識を集中して自分のなすべきことをしようとした。
不思議なことに、あらかじめその存在に刻み込まれてでもいるかのように、織莉子には自らが得た新たなる力をの行使の仕方がはっきりと分かった。
織莉子は理解した、私の魔法は未来予知だ。ああまで自分の生きる意味というものを知りたがっていた自分に、まさにうってつけの魔法ではないか。
このちからがあれば、私の意味は、価値は、おのずと知れるだろう。織莉子の期待は確信へと変わった。
けれどそれは、織莉子の望んだものではなかった。
脳裏にビジョンが浮かぶ。
まず視えたのは昏さだ。そしてビジョンを縦に走るノイズ。不鮮明で、とにかく見辛いことこの上なかった。
この体たらく、もしかしたら予知に失敗でもしたのだろうか。だとしたら、ひどく幸先の悪い――。
いや違う、昏いのは日が出ていないせいだ。月と思しきものも、また出てはいない。光源が無いのだから、暗いのは当然だ。
良く見ると、実はノイズは降りしきる雨で、つまり今はひどい嵐の中なのだという事が分かった。
もう少し意識を外側に向けると、周囲の状況が少しずつ分かってきた。
ひどい状況だった。見滝原の中心域に雨後の筍のように聳えていた近代ビルの群れ群れは軒並み倒壊していて、ひしゃげ曲がった鉄筋が糸屑のようににょろにょろと生えている。
道路やそのほかの地面も荒れ放題で、土や石ころや瓦礫で埋まり足の踏み場もない。
「ここは……見滝原なの!?」
信じられないことだった。
あの近代ビルが立ち並び、今をこの世の春と成長を遂げている見滝原市がこんな有様になるとは。
だが織莉子の中の新しい器官――魔法少女としての第六感は、確かに、ここが見滝原であることを告げていた。
空を見上げると、そこには巨大な何かがいた。
何か。
それは逆さまになった巨大な魔女だった。
手を広げ、スカートの内側に城のように聳えている歯車を軋ませながら、きゃは、きゃは、と下品に笑い続けている。
そいつを中心として、砂の山を団扇であおぐように、街が、都市が、破壊されていく。
「魔女」とは契約時にキュウべえが説明した、人に仇なす、絶望をまき散らす悪しき存在のことだ。
魔法少女は魔女を撃破することでグリーフ・シードと呼ばれる魔女の卵を入手することができ、それが魔法少女の魔力の源となるのだという。
魔法少女は願いを叶えてもらう代償として、この「魔女」を倒すという使命を課されるのだ。
けれど、その魔女はあまりにも強大だった。人間が英知を結集して作り上げたこの近未来的都市をいとも簡単に吹き飛ばしてしまえるくらいに。
あれを撃破するとなれば、いったいどれだけの手間を払わなければならないのか。
けれど、それで織莉子は合点がいった。
あれを倒すことが、自分の使命だ。そうすることで、この見滝原に住まう幾多の命を救うことができるのだ。
「あれが魔女……?これが私の運命だというのなら、なんとしても止めてみせるわ……」
そうだ、私は抗わなければならない。
私が私であるという事実を実証するために。
父の遺志でも、誰かに与えられた価値でもなく、自らの選び取った選択を成し遂げるために。
私が、自分自身の意志で、救世を成し遂げるために。
織莉子が、そう決意を新たにした瞬間――。
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