13:律「うぉっちめん!」[sage saga]
2012/05/21(月) 22:23:21.85 ID:Bk4utWlu0
犯人はまだ捕まっていない。熱狂的ファンによるストーキング殺人。個性派ミュージシャンで
あると同時に、お茶の間の人気を博したタレント。平沢唯さんを偲んで。
買い物に行く気も、料理をする気も起きず、夜九時を回ってようやくピザをデリバリーしたが、
一口食べて嚥下した途端、トイレで吐き戻してしまった。元々食欲など無かったのだ。
梓「唯先輩……」
一言呟いては涙を流す。今日一日でこれを何十回繰り返しただろうか。
到底受け入れられるものではない。信じたくない。夢であってほしい。冗談であってほしい。
だが、テレビは梓に現実を突きつけるように、日付が変わってもニュース番組のトップで唯の
死を報じた。
そして、その日のスポーツニュースをキャスターが明るい笑顔で伝え始め、疲弊した梓のまぶたを
睡魔が閉じようとした時、携帯電話が鳴った。
画面には『律先輩』の文字が表示されている。
切られてもおかしくない程の時間を掛けた後、梓は通話ボタンを押し、電話を耳に当てた。
梓「もしもし、律先輩ですか……?」
律『寝てたか? 少し話したい事があるんだけど、そっち行ってもいいだろ?』
梓「話って…… 唯先輩の事ですよね。出来れば違う日にして頂けると助かるんですけど。
もう夜遅いですし」
律『時間は取らせないよ。すぐ近くに来てるんだ』
梓「近く? 今、どこですか?」
律『お前の部屋の前だ』
梓「なっ……!」
ベッドから飛び起き、ドアを開けると、確かに律がいた。
律「よう」
おかしかった。雰囲気というか、佇まいというか。妙なものを感じさせる。
能面のように無表情だが、目深に被ったニット帽の下から覗く眼だけはギラギラと光っていた。
出来れば胸ポケットに差しているサングラスを掛けてほしいくらいだが、それを言うのは
いくら何でも失礼だ。
気味の悪さを感じつつも、梓は今でも尊敬し、信頼しているこの先輩を丁重に迎え入れた。
律「遅くに悪いな。迷惑じゃなかったか」
梓「いえ、迷惑だなんて」
律「腹減ってるんだ。何か無い?」
梓「……デリバリーのピザならありますけど。じゃあ、温め直しますね」
律「いいよ、このままで。おっ、冷蔵庫にビールあるな。一本もらうぞ」プシッ
梓「やっぱり迷惑なんで帰ってもらえますか? 今すぐ」
律「やっと梓らしさが出てきたな」
梓「……もう」クスッ
不気味さは消えていなかったが、律のいつも通りっぷりに、梓は思わず苦笑してしまった。
沈みっ放しの今日一日を鑑みれば、彼女を迎え入れて良かったとさえも思っていた。
梓の内心を知ってか知らずか、律は話を始める様子も無く、冷えて固くなったピザをパクつき、
勝手に冷蔵庫から取り出した缶ビールをあおる。
律「ふう、生き返るよ」
梓「シュークリームでも食べます? 貰い物ですけど」
律「食べる食べる。甘いのに飢えてたんだ」
梓「フフッ、はいはい」
再度苦笑を漏らしながら、冷蔵庫のドアを開ける。
このまま唯先輩の話なんかしないで、ずっといつもの律先輩らしくしてくれていたらいいのに。
梓はそんな事まで考え始めていた。
しかし、振り返った梓の眼に入った物は、その考えを脆くも打ち砕いた。
血に染まった“ん”のキーホルダーがテーブルに置かれている。
シュークリーム入りの箱がドサリと床に落ちた。
梓「そ、それは……」ガタガタ
律「唯のだよ。知ってるだろ」
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