18:律「うぉっちめん!」[sage saga]
2012/05/21(月) 22:33:52.50 ID:Bk4utWlu0
律が去った社長室で、秘書が電話を鳴らすまで、紬は窓の外をただジッと見つめていた。
『日誌 田井中律、記 2022年10月13日15時30分
やはり私達は昔のままではいられなかった。
梓はアルバイトで生計を立てながら、金にならないインディーズバンドを組んで、ライブハウスを
中心に活動している。
解散の後は放課後ティータイムのすべてに背を向け、ソロデビューの話も蹴り、アングラ志向に
凝り固まっちまった。“持つ者”である自分を殺したがっていたようにも見えた。
その割にゃショットガンをくわえて引き金を引こうとはせず、メソメソ泣くだけだったが。
引退後のムギは鼻持ちならない高慢な女に変わってしまった。自分以外の全人類を密かに
見下している、といった印象だ。
梓とは逆に、放課後ティータイムのすべてを利用したあいつは、今や日本中から注目される
実業家になった。いや、企業そのものは世界中から注目されている。
頭脳明晰で、聡明な、剛腕を振るう、しぶとい女。スーパーコンピュータ並みの頭脳とヒグマの
身体を持ったマーガレット・サッチャー、とムギを評していた週刊誌があったが実際そんなとこだろう。
ムギなら第九次世界大戦後も生き残っているに違いない。
これから残る一人を訪ねようと思う。
私と梓を従えて、三人になった後期放課後ティータイムを更なる高みに押し上げた功労者。
日本を代表する超一流ミュージシャン。日本人で唯一のビルボードランキング常連。最近じゃ、
アムネスティだの熱帯雨林だのといったチャリティ活動にも精を出しているそうだ。反吐が出る。
誰よりも唯に惹かれ魅せられながら、誰よりも唯を憎んでいた、あいつ。2014年12月31日に
記者会見で唯の脱退を発表して以来、遂に一度も唯と連絡を取り合う事は無かった、あいつ。
私の一番の親友だった、あいつ』
黄昏の日本武道館。
『Japan For Africa 2022』と銘打たれたチャリティコンサート会場。
控え室のひとつでは、何度も掌に“人”を書いて飲み込む秋山澪の姿があった。
澪「はぁ…… やっぱり私には無理だよ。桑田さんに桜井さんに坂本さんに…… あんな凄い
メンバーと共演なんて」
溜息を吐いたり、頭を抱えたり、控え室内を歩き回ったり。それらを一通り繰り返した後は、
また“人”を飲む動作に戻る。
18時の開演まで、あと30分。覚悟は決めていたつもりだが、動揺は止められない。
本日七杯目のコーヒーを飲むべく、ドリップ式コーヒーメーカーに向かった時、背後から
声が掛けられた。
律「あがり症は相変わらずか」
澪が振り向くと、そこには見慣れぬ服装のよく見知った顔があった。
細身のトレンチコート、白い紙に黒いインクを垂らしたような奇妙な模様のニット帽、
大きなサングラス。
両手をポケットに突っ込んだ律が、ドアに寄り掛かり、何かをモグモグと咀嚼していた。
澪「律……! どうやってここに?」
律「んぐ…… 顔パスでここまで案内してもらえたよ。“放課後ティータイムの田井中律”も
まだまだ捨てたもんじゃないな」
澪「……何の用だよ」
警戒と猜疑の眼差しを向ける澪。それはかつての親友を見る眼ではなかった。
律はポケットからクッキーを取り出し、口の中へ放り込む。
律「ご挨拶だな。子供の頃からバンドの解散まで何年の付き合い――」
澪「何の用だ、って聞いてるんだ」
言葉を遮られた律は、丁寧に咀嚼したクッキーを飲み込み、指を舐めながら、苦笑を浮かべる。
律「おとといの夜、唯が殺された」
澪「知ってるよ。それが何だ。私には関係無いだろ」
律「関係無くは無いぞ。犯人がどんな奴にしろ、他のメンバーが標的にされる可能性も――」
澪「下らない。もう帰ってくれ。もうすぐ開演なんだ」
律「……安心感か? 喪失感か?」
澪「は?」
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