324:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga sage]
2012/07/30(月) 21:06:38.01 ID:i46tR5SDO
…………………………
アルラ「ぴー! ぴーっ!」
職員「ちょっ、暴れないで! 落ち着いて!」
機姫「……」
職員「それじゃ、運搬用の麻袋でアルラちゃんを連れて行きますけど、別れの前に何か言っておくことはありますか?」
機姫「言っておくこと……」
考えてみれば、わずか数十分前に出会ったばかりである。語れる話も特にない。
だが、機姫との別れを嫌って暴れるアルラを見ていたら、機姫は自然と唇を動かしていた。
機姫「アルラよ、少しの辛抱じゃ」
アルラ「……ぴ?」
機姫「ワシは必ずお主を迎えに行く。だから……」
言いかけて、言葉を詰まらせる。
過去に、似たような約束を、似たような相手と交わしていた記憶が機姫の脳里によみがえっていた。
その約束は他ならぬ機姫によって破られ、もう実現する事が出来なくなっている。
──はたして、一度破ってしまった約束を、再び『アルラ』と交わしてもよいものか?
──無責任にまた約束を破り、余計に『アルラ』を苦しめる事になるのではないか?
胸中の葛藤が、続く言葉を機姫の肺に押し留める。
機姫「……」
しかし、同時に機姫は疑問も感じていた。
──なぜ、これほどに胸が痛むのか?
アルラとの親交はわずか数十分。
たとえ過去のアルラと容姿や性格が似ていたとしても情が移り過ぎなきらいがある。
それに胸に感じる痛みは、少し前に自分が五百年前の存在だと知った時に覚えた痛みによく似ていて……。
機姫「ああ……そうか」
そこに思い至り、機姫の疑問は氷解した。
──もう、ワシの存在を認めてくれる者はいないのだ。
笑い合える仲間も、帰りを待ってくれる臣下も、守らなければならない国民も、自分を慕ってくれる者はみんないなくなってしまった。
築き上げていた物──絆、自身の価値観、存在意義。
起きた時、すべてが泡沫の夢のように弾けて消えていた。
だから、機姫はこれほどまでに目の前にいるアルラから別れたくないのだ。
自分の存在に価値を与えてくれるアルラから。
機姫「……アルラよ、ワシは必ず迎えに行く。だから待っておれ」
アルラ「ぴっ?」
機姫は麻袋から頭を出すアルラに右手を伸ばし、緑色の髪をくしゃくしゃに撫で回してやった。
戸惑いや迷いは不明瞭な現状認識が招く物だと、機姫は心得ていた。
胸を痛める衝動の根源を理解すれば、機姫に迷いは無かった。
アルラ「ぴ?」
アルラが涙混じりの視線を機姫に向けてくる。
機姫は力強い、どこか不敵にも見える笑顔でアルラに答えた。
機姫「今度は、今度こそは、必ず一緒にひなたぼっこをしようぞ」
すでに、追憶の彼方に思いを馳せる意味はない。
機姫の目の前には自分に好意を寄せてくれる者がいる。
ならば、いま何をやるべきか?
それぐらいは考えずとも、十分に理解できていた。
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