89:猫宮[saga]
2012/11/07(水) 18:34:58.06 ID:3jygDDz00
▽
「『素敵な出会い』……か」
放課後、セッション中の桜高軽音楽部部室。
私はキャサリンさんの横顔を見つめながら何となく呟いた。
憂ちゃんのお姉さんの顔を初めて見た翌日、私は一人で部室にお邪魔していた。
ちなみに今日は傍に憂ちゃんは居ない。
喧嘩したとか気まずくなったとか、別にそういう理由じゃない。
今日は何となく、私一人で軽音楽部の見学をしたかったんだよね。
自分でもその理由ははっきりとは分からないけど、
二人より一人で見学した方が見えて来る何かがあるかもしれない。
って、ひょっとしたら、そんな風に心の何処かで考えていたのかも。
『今日は一人で軽音楽部の見学をしたい』
今日の昼過ぎ、私がそう言うと、憂ちゃんは穏やかに微笑んで私を送り出してくれた。
もう『一生に一度のお願い』の期限の日まで、残された時間はどんどん少なくなってるんだもんね。
その期限の日まで、私の行動を見守ってくれるつもりなんだろうと思う。
当然だけど、まだ私の叶えてほしい『お願い』は見つかっていない。
見つけられる気配すらも全然無い。
勿論、音楽の才能が欲しい気持ちはある。
もっと上手にギターを弾いてみせたいし、才能があればきっと私の悩みは解消される。
その『お願い』が叶えば、私は幸せになれると思う。
でも、やっぱり。
私の中には、それで本当にいいのか、って思いもあって。
そんな事で幸せになって満足なのか、って迷いもあって。
私は結局、軽音楽部の皆さんの見学に来る事しか出来ない。
その先に私の答えがあるなんてとても断言出来ないけど、それでも。
私の心の中には、軽音楽部の皆さんの演奏を聴きたい気持ちがあるから。
心の何処かに強く引っ掛かっているから。
私は今日も桜高の軽音楽部の部室に足を運んでしまう。
「はいはい。またドラムが走ってるわよ、りっちゃん」
キャサリンさん――出席簿に記された名前からすると山中さわ子先生――が胸の前で軽く両手を叩いた。
キャサリンさんが演奏を止めるのは、これで今日三度目くらいだろうか。
学園祭が近いせいもあるのかもしれないけれど、今日のキャサリンさんの態度はとても真剣だった。
憂ちゃんが信頼してるだけあって、やる時にはやる先生だという事なのかもしれない。
「えーっ、マジかよ、さわちゃん。
私、これでも走らない様に結構気を遣ってるんだぜ?」
律さんがげんなりした表情で、キャサリンさんの言葉に応じる。
いつもいい加減に見える律さんだけど、今回ばかりは私も律さんの言葉には頷きたかった。
キャサリンさんは『走ってる』と言ったけれど、今回の律さんの演奏が走ってるようには思えなかったからだ。
キャサリンさんも律さんがそう言うのは百も承知みたいで、優しく微笑んでから言葉を続けた。
「そうね、りっちゃんのドラムもかなり走らなくなってはきたわ。
でも、やっぱり少しだけ走ってるのよ。
本番じゃそれが命取りになったりするんだから、その辺は気を付けなきゃね。
リズム隊が崩れたら、バンドの演奏は総崩れになっちゃうもの。
勿論、りっちゃんのドラムは澪ちゃんのベースが組むときちんとした土台になるわ。
やっぱり、幼馴染みだからかしら?
二人が組むと楽器歴が浅いと思えないくらいのリズム隊になれてるのよね。
でもね……」
259Res/446.18 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。