過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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129:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 22:46:12.87 ID:4DOG5YTr0

夕見ヶ丘の市立病院。
夕陽が綺麗に見えるからという理由で名付けられた、
東の外れにある高台にある見晴らしのいい場所だ。
一方、俺の住んでいる朝見台は、だいたい想像が付く通り、
朝陽が綺麗に見えるというネーミングで、夜見山市の西の外れにある。
だから、夕見ヶ丘と朝見台は同じ夜見山市内でもかなり距離があり、
バスを使っても少し時間がかかる。
俺はここ最近、特に病気や怪我もしていないため、
ここを訪れるのは何年ぶりになるだろうか?

水野とは最寄りのバス停で落ち合った。
正直、色々準備をしてくれた水野には、色々悪いと思っている。
この病院は、あいつにとって鬼門だ。
水野の姉ちゃんが、この病院の中で事故に遭って亡くなったばかりだから・・・
教えられた通りに、病棟と階数、部屋番号を確認して、
俺たちは前島が入院している病室に入った。

そこには先客がいた。
ちょっと派手なメイクをしてるが、よく見ると結構美人じゃねぇか?
前島め。結構隅に置けねぇなと・・・と思っていたら、

「じゃ、学。ゆっくり休んでるんだぞ」

「わかってるよ、姉ちゃん」

なんだ、あいつにも水野みたいに姉ちゃんがいるのか。
俺は一人っ子だから、姉弟なんてよくわからないけど。
前島の姉ちゃんは、俺たちと目が合うと、
意外に礼儀正しくお辞儀をすると、逃げるように去ってしまった。

「やばいところ見られちゃったかな」

前島はベッドに臥したまま、ばつが悪そうな顔をする。

「それよりも、本当に無事で良かったな。背中斬られたって言うから、驚いたぜ」

「ああ・・・まだ背中が疼くんだ。これが。
それに当分風呂もシャワーも無理そうだから、躰がかゆくてさ・・・
痛いわ、かゆいわで、ダブルパンチだよ」

前島が嘆息する。
軽く言ってはいるが、その辛さは俺が想像できないほどのものだろう。

「水野、米村。お前ら、合宿に行かなくてホントに正解だったぞ。
あの日、俺たちがどんなに大変な思いをしたことか・・・
正直、お前らだって行ったら、川堀みたいに死んだかもしれないんだぜ」

おいおい、マジかよ。と言いかけたが、
前島の言葉には、妙に説得力があった。
仮に、俺が合宿に行ったらどうなっていたか?

悲鳴声を上げながら、何者かに斬り殺される自分。
周りを炎に囲まれ、火だるまになって焼け死ぬ自分。

そんな自分の末路が容易に、しかもリアルなまでに想像できる。
今になって背筋が凍る。暑いのに鳥肌まで立ってきた。
隣を見ると、水野も同じような反応を示している。
前島の言う通り、少し後ろめたくても
やっぱり行かなくて正解だったんだな・・・改めてそう思った。

前島から、他の負傷者の状況も聞いた。
渡辺が肋骨を折る重傷で、こちらも手術済。
榊原はまた気胸を起こして入院し、明日手術するらしい。
和久井は火事の少し前に喘息の発作で倒れたが、今日の午前中には退院したそうだ。
それ以外は、無傷か軽い怪我で済んだという。
これに加え、前から中島が体調を崩して療養しているから、
昨日はうちのクラスが五人も入院していたということになる。
やはりただ事じゃない。

前島も手術したばかりだ。面会時間はそれほど長くない。
手ぶらだったけど、今動けないからお見舞いの品を渡しても
かえって困るということで、
少しばかり話すと、俺と水野は病院を出た。
外はまだ明るいが、秋になるとそれこそ綺麗な夕焼け空が見えるんだろうなぁ。
なんでいきなり、そんなことを考えたんだろう?
時々、俳句を詠む趣味を持つ案外風流な爺ちゃんの癖が、
孫の俺にも移ったのかな?



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