過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
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149:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 23:00:00.57 ID:4DOG5YTr0

◆Outroduction  Kouichi Sakakibara (Reprise)

3月21日、日曜にして春分の日であるこの日。
夕見ヶ丘の中腹にある市立病院より、さらに丘を登った先にある夕見ヶ丘総合公園。
その中にある、二年半前に完成したばかりの夜見山文化ホールで、
夜見山北中吹奏楽部の定期演奏会が行われた。
去年まで部長をしていた多々良さんが、
クラス全員に招待券をプレゼントしてくれたので、
夜見山での最後の思い出にと、ぼくは鳴や勅使河原、望月と一緒に
あの病院以上に、この夜見山市内を一望できるこの公園を訪れたのだった。
市内でも屈指の吹奏楽が盛んな学校だけあって、
ブラスバンドに憧れる小学生や、OB・OGと思われる高校生の姿も多数見られた。

けたたましいブザー音ではなく、
チャイムのような柔らかい音色の時報がホールに鳴り響くと、
客席が暗くなり、逆に明るくなった舞台から、拍手と共に、
多々良さんや猿田君が楽器を持って現れ、着席した。
そして音楽担当の秋山先生が壇上に立つと、演奏が始まった。

ぼくもたまに家で音楽を聴くことはあるが、
吹奏楽を学校の行事を除いて実際に聴くのは、これが初めてだ。
ホールの響きが良いこともあるけど、音が聞こえるのではなく、
音が降ってくる。それくらいの衝撃であった。
第一部ではクラシック系が中心で、
「アルなんとかダンス」という曲の華々しいファンファーレで幕が開いた。
第三部では、ぼくだちでも知ってるようなポップス系の曲が色々演奏され、
大ケガを完治した渡辺さんもベースギターを持って参戦し、
アンコールは皆で「ディスコ!」と叫びながら、
会場全体が熱狂的な雰囲気に包まれた。

そんな中で、最も印象に残ったのは第二部の後半、
演奏前に多々良さんが、司会者からマイクを受け取り、
静かに客席へ語りかけた。

「ご存じの方も多いと思いますが、昨年は夏に起こった火災事故をはじめ、
我が校の沢山の生徒がお亡くなりになりました。
わたしたち、吹奏楽部も例外ではありません。
この火事で、クラリネットを担当していた
3年生の王子君も犠牲になってしまいました。
このような悲劇が二度と起こらないことを、私たちはただ願うばかりです。
次に演奏するのは、昨年に無くなった人たちへの鎮魂と祈りをこめた曲です。
それではお聞き下さい。曲は『アメイジング・グレイス』」

照明を落とした薄暗いステージの中、
スポットライトを浴びた多々良さんのフルートソロに、
厳かな伴奏が入る形でこの曲が演奏された。
曲名は知らなかったけど、なんとなく聞いたことはあったし、
『夜見のたそがれの、うつろなる蒼き瞳の。』の館内でも耳にしたことがある。
後で猿田君に聞いた話によると、
多々良さんがこの曲をリクエストし、自らブラスバンド用に編曲したのだと言う。
澄み渡ったフルートの音色に耳を傾けると、
鳴の反対側のすぐ隣の席に座っている望月の目から、一筋の涙が流れていた。

「おい、望月・・・どうしたんだよ?」

望月を挟んで僕と反対側にいる勅使河原が小声で話すと、

「うん・・・この曲を聴いていたら、昔の悲しいことを思い出したの。
おととし、ボクも大切な人を亡くしたから・・・」

怜子さんのことだろう。すぐにわかった。
3年3組の副担任という記憶は消えても、
美術部だった望月とって、怜子さんは部活の恩師であり、
記憶の改竄のあるなしに関係なく、やっぱり憧れの人だったのだろう。
おととしに怜子さんが死んだ時、さぞや望月は辛い思いをしたに違いない。
考えるだけで、こちらも悲しくなってきてしまった。
怜子さん、赤沢さん、そしてクラスのみんなに、
この祈りの曲は届いているのだろうか・・・

そして演奏が終わると、観客の誰もが聞き惚れていたのか、
一瞬辺りは沈黙に支配され、その直後に割れんばかりの拍手が起こった。
おそらくこの演奏会で、一番大きな拍手の嵐だったであろう。
遠くから見ても、多々良さんや猿田君をはじめ、
演奏者の誰もが、達成感に満ちた表情をしていたのだった。



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