過去ログ - 恒一「『ある年』の3年3組の追憶」
1- 20
34:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2012/08/06(月) 21:28:33.12 ID:4DOG5YTr0

◆No.15  Ikuo Takabayashi

クラス委員長の選定から、榊原君を『いないもの』とするまで、
ホームルームは赤沢さんの独壇場だったと言っても過言ではない。
赤沢さんの言い分も筋が通っているので、
決して間違っているわけではないが、何か腑に落ちなかった。

「また話し相手がいなくなってしまう・・・」

僕にとって、この結果を受けて止めるにはまだ時間がかかりそうだ。

僕は生まれた時から、躰に心臓の病気という大きな欠陥を抱えていた。
医師からは、移植手術をしない限り、20歳まで持つかどうかも分からない、
と言われており、家族の辛さは並大抵の物ではないだろう。

幼い頃から、自分の命が長く持たないことについて、自覚はあった。
ましてや、今の日本では心臓の移植なんてできる環境も整っていない。
自然と、死に対してどこか諦めみたいなものも持っている。

そんな僕が少しでも長生きできるように、家族は大切に育ててくれた。
それこそ、模範となるような正しい愛情の注ぎ方を、両親は熟知していると思う。
ただ、沼田のお婆ちゃんだけはやたら過保護なところがあった。
母さんや沼田のお爺ちゃんは、甘やかせすぎだと何度も注意していたが、
どうもあまり効果はないようである。

リスクが大きすぎるため、走ることも禁止されていた。
体育の授業はいつも見学、走るのが嫌だというクラスメイトもいるが、
僕には羨ましい限りだった。
いつか丈夫な躰を手に入れ、みんなと一緒に走りたい、競争したい。
叶わぬ夢とわかっても、どうしても諦めきれなかった。

躰を動かさない教室内でも、一人でいることが多かった。
おまけに席順は、最後尾の一番右端。
隣の席の勅使河原君は、あまり自分の席におらず、
風見君のいる席ばかり行ってしまうので、あまり話す機会がないのが残念だ。

望月君は同じ地区に住んでおり、家も近いので登下校も一緒になることが多く、
僕も美術は嫌いじゃないので、学校で話すことも多い。
しかし3年生になってからは、望月君は今まで以上に三神先生のところへ
行ってしまうことが多くなり、最近はやや会話も少なめになってしまった。

和久井君は同じ病弱で苦労している者同士、最初から気が合った。
ただ彼は喘息持ちで、本人が「万が一うつしてしまうと迷惑がかかる」と言って、
あまり話せる環境でない。
そもそも和久井君はしゃべるだけでも辛そうなので、
こっちも彼の負担を考えて、長い会話は避けるようにしている。

躰を動かせない関係上、僕は小説など本を読むことが多く、
席も近い辻井君や柿沼さんが、話し相手になってくれればいいなと思う時もあった。
けど、この二人は単なる読書仲間ではない、何か特別な結びつきがあるように思える。
第三者が間に割って入るのがはばかれるような雰囲気を感じて、断念した。

そんな中、5月から転校してきた榊原君は、気胸を患っていた。
治療のため、一ヶ月遅れての転入となった彼だが、
体育の見学の際、お互いの身の上を話す内に意気投合し、
どんな本を読むのかとか、話が尽きることはない。

だから、榊原君が『いないもの』になって
今までみたいに会話できなくなってしまうのは淋しかった。
赤沢さんへの反発は、彼女の時に独断的な行動もあったが、
こうした僕自身の私情があったことも否めない。

私情と言えば、『いないもの』を二人にして、その二人目を榊原君にすることにも、
どこか個人的な考えを持ち込んでいるという気もしてくる。
赤沢さんが榊原君を『いないもの』にする理由を説明した時、
中尾君が「うんうん」とオーバーに大きく頷いているのが、
遠く離れた席の僕からでもよく見えた。

赤沢さんは、何となく榊原君に対して特別な感情を持っている。
その赤沢さんにいつも付き従っている中尾君にしてみれば、面白くないはずだ。
だからと言って、榊原君を『いないもの』にして
赤沢さんから近づけないようにするのは、どうだろうか?
私情を対策にすり替えるなんて、フェアじゃないねとつくづく思った。



<<前のレス[*]次のレス[#]>>
154Res/348.26 KB
↑[8] 前[4] 次[6] 板[3] 1-[1] l20
このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。
もう書き込みできません。




VIPサービス増築中!
携帯うpろだ|隙間うpろだ
Powered By VIPservice