33:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県)[saga]
2012/08/24(金) 20:35:48.90 ID:NZSihzP+o
エピローグ
病室は随分前から沈黙に支配されていた。
けして不穏な沈黙というわけではないが、緊張感は常に存在していた。
「プロデューサー」
この部屋の主――入院患者である秋月律子が半身を起こし、しゃりしゃりとリンゴの皮をむいている男に声をかける。
「876プロのほうはどうです?」
「絵理ちゃんと愛ちゃんは765に移籍することになった。尾崎さんもフリーの立場は維持するが、765を手伝ってくれることになってる。876は潰れる」
「そうですか……」
「幸い、報道は沈静化しているよ。まあ、もう二月経つからな」
再び沈黙。
律子は窓の外を眺める。
リンゴをむき終えて顔をあげたプロデューサーの視線がその愁いを帯びた横顔に引き寄せられ、どうやっても引きはがせなくなる。
彼女は美しかった。
一月に渡る監禁生活のために筋肉が落ち、以前のような快活な雰囲気は無くなってしまったが、そのことが儚さを醸しだし、何とも言えない艶を
生み出している。
「私、やっぱり産む事にします」
ふと顔を戻した律子がなんでもないことのように、そう宣言する。プロデューサーは俯くしかなかった。
律子の瞳に光る決意の色を見たくなかったがために。
「……決心は変わらないか」
「はい。だから、婚約は解消して下さい。慰謝料が必要ならお支払いします」
「ばか。そんなものいらないよ」
さすがに苦笑して顔をあげる。
そのまま視線を上げ、天井を睨みつけた。
「涼くんへの同情か?」
「いえ」
律子は軽く首を振って、その口元に笑みを刻む。柔らかく、そして、断固たる笑み。
「涼に言われたんです。生きろ、って」
「お腹の子も含めてだと思うわけか」
「はい」
プロデューサーはそこでようやくのように顔を戻した。律子の視線と彼のそれが絡み合う。
「わかった」
立ち上がり、背を向けたところで、じゃあなと手を挙げる。
その背に向けて、律子は言った。
「さようなら」
その瞳に、涙の影はなかった。
(終)
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