過去ログ - 男「銀河鉄道は」女「夜の街に」
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70:みの ◆hetalol7Bc[sage]
2012/08/28(火) 20:00:28.43 ID:bOaug2Ec0

「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」

さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねた。
青年はかすかにわらった。

「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で、
二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発ったのです。
私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。

ところがちょうど十二日目、今日か昨日のあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。
月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。

ところがボートは左舷の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。
もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫びました。

近くの人たちはすぐみちを開いて、そして子供たちのために祈って呉れました。
けれどもそこからボートまでのところには、まだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、とても押しのける勇気がなかったのです。
それでもわたくしは、どうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから、前にいる子供らを押しのけようとしました。

けれどもまたそんなにして助けてあげるよりは、このまま神のお前にみんなで行く方が、ほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。
それからまた、その神にそむく罪はわたくしひとりでしょって、ぜひとも助けてあげようと思いました。
けれどもどうして見ているとそれができないのでした。

子どもらばかりボートの中へはなしてやって、お母さんが狂気のようにキスを送り、
お父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなど、とてももう腸もちぎれるようでした。

そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、
浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。

誰が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども、滑ってずうっと向うへ行ってしまいました。
私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。

どこからともなく讃美歌三二○番の合奏が聞こえてきました。
たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。

そのとき俄かに大きな音がして私たちは水に落ちました。
もう渦に入ったと思いながら、しっかりこの人たちをだいて、それからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。

この方たちのお母さんは一昨年没くなられました。
ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕いですばやく船からはなれていましたから。」

そこらから小さな祈りの声が聞え、男も女も姉弟たちのことを想って眼が熱くなった。




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