920:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/02/03(日) 00:17:33.81 ID:gNbKbyMjo
「ごめん」
「・・・・・・うん」
「本当にごめんなさい」
「もういいよ。それにさっきから何に対して謝ってる? 突然会社の前で待っていたこ
と? それとも泣いたこと?」
僕は弁護士からは、調停の場か弁護士が同席していない限り調停内容に関わる会話は避
けるように言われていた。これまではあまりそのことを真面目に考えたことはなかった。
そもそも麻季の方が僕を避けていたので顔を合わす可能性なんてなかったからだ。
でも、こうして久し振りに麻季と二人で話せる状態になると、僕はこれまで溜め込んで
きて吐き出す場がなかった怒りや疑問が口をついて出てしまった。そして一度負の感情を
口に出してしまうと、それは自分では制御できなくなってしまった。
「それともまさかと思うけど、麻季は不倫したことや子どもたちを虐待したことを今さら
後悔して謝っているのか? そんなわけないよな。弁護士から聞いたよ。鈴木先輩と再婚
するんだってな。よかったね、僕なんかに邪魔されないで最愛の人とようやく結ばれて
さ」
一気にそこまで話したとき、ようやく僕の激情の糸が途切れた。心の底がひえびえとし
て重く深く沈んでいった。
僕は周囲の客の好奇心と視線を集めてしまったことに気がついた。
「大声を出して悪かったな」
僕は冷静さを取り戻して麻季を見た。麻季は動じていなかった。むしろこれ以上にない
というほどの笑顔で僕に向かって微笑んだのだ。とても幸せそうに。
「結城先輩、やっぱりあたしのこと好きでしょ」
麻季が静かに笑って言った。
僕は凍りついた。
・・・・・・麻季はいったい何を言っているのだ。そして記憶を探るまでもなくそれは鈴木先
輩に殴られた麻季を助けたときに彼女が脈絡もなく言ったセリフだった。それをきっかけ
に僕と麻季は付き合うようになったのだ。
「何言ってるんだ・・・・・・結城先輩って何だよ」
「懐かしくない? あたしと博人君の馴れ初めの会話だよ」
それにしても泣いたかと思うとすぐに優しい顔で微笑む麻季はいったい何を考えている
のだろう。麻季のこういう支離滅裂な性格は大学時代には理解していたつもりだったけど、
彼女と付き合い出して結婚してからはこういう意図を理解しがたい言動は全くといってい
いほど見られなくなっていたのに。
「もういい。僕は帰る」
僕が立ち上がると初めて麻季は慌てた様子で僕のスーツの袖口を掴んだ。
「帰らないで。ちゃんと話すから・・・・・・。全部話そうと思って来たの」
今まで笑っていた彼女がまた泣き顔になって言った。僕はしぶしぶ腰を下ろした。
「何を話す気なんだよ」
「全部話すよ。博人君がドイツに出張してからあたしが何を考えていたか」
僕は思わず緊張してまだ涙の残る麻季の顔を見直した。
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