136:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2013/05/07(火) 04:26:08.07 ID:cb/BWQiF0
スーツの袖をまくって腕時計を確認してみる。
短針は1、長針は12とそれぞれ真逆の方を指している。
午後1時、俺はオーディション会場にいた。
会場には既にたくさんのアイドルとプロデューサーが、オーディションの開始を待っている。
視線を一瞬、腕時計から会場のドアの方に動かす。
響はまだ姿を表さない。
辞退するべきか?
本格的にオーディションが始まってしまったら、アイドルいませんじゃ洒落にならない。
今ならまだ間に合う。
「……っ!」
目を覚ますかの様にピシャリと自分の頬を張る。
俺は馬鹿か?
響は今まで無敗で上りつめてきたんだぞ。
それを俺の勝手で辞退するなんて申告して、響の戦績に泥をつけるような真似が出来るか。
プロデューサーが、アイドルに対してマイナスになることをしていいはずがない。
来てくれよ、響……俺は嫌だからな。
だが、俺の想いとは別に時計の針はドンドン進んでいく。
待つというのは苦痛だ。
それは多分こちらが動けないからだ。
しかも、待ち人が来るかどうかもわからないから余計にだ。
正直、焦る。そして、イラつく。
大して進んでもいない時計の針を何度も見てしまう。
響は来る。俺は、そう信じている。
それでも現実的な問題として時間が経てばたつほどに、その想いが揺らいでくる。
信じ「ている」という相手へ向けた気持ちが、信じ「たい」という自分に向けたものに変化してきてしまう。
午後1時半、審査員たちも来てしまった。
恐らく、あと5分もしない内にオーディションは始まるだろう。
俺の「待っている」という言葉は響に届かなかったのか?
……ちくしょう。
わきあがる悔しさを顔の裏に隠して、俺は審査員の元へ向かう。
「あの……すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「実は……」
そのときだった。
バアアアアン!
オーディション辞退の申告を遮るように、激しくドアが開かれる音がする。
俺の元へドアを開けたショルダーバッグを掛けている女の子、響が向かってきた。
「プロデューサー……」
意志のこもった目で見つめてくる。
小さく息を吸う響。何かを言おうとしたのがわかった。
「遅れてごめんなさい!」
「……随分とかかったな」
色々と言いたいことはあったが、響の謝罪に俺はそれだけ答えた。
安心したからかもしれない。俺って、現金な男だな。
「走ってきたから。公園から家に戻って、そこからずっと」
それって相当な距離なんじゃないか?
だが、響の顔は紅潮してはいても疲労の色は窺えない。
「準備は出来ているか?」
「えっ?」
「オーディション、もうすぐ始まるからさ」
「……大丈夫だよ。ちょうどいい準備運動もしてきたしね」
「それなら早く着替えてきてくれ」
「うん。じゃあ、行ってくる」
「響!」
「どうしたの、プロデューサー?」
「来てくれて……ありがとうな」
「待っているって、言ってくれたから。プロデューサーのこと、信じていたからね」
「……やっぱり、お前はすごい女の子だよ」
「当然だよ。オーディションの指示、しっかり頼んだよ」
「ああ、任せてくれ」
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