209:杏子編第一章 ◆KbI4f2lr7shK[sage saga]
2013/07/28(日) 00:22:11.58 ID:/KE04hO/0
****杏子編第一章
太陽が照り付く見滝原の街。荷物が一杯入った大きな紙袋を抱えて裏道にある建物の陰に潜り込む。少し時間をおいて人が駆ける音が近づいてきた。
「あの子、どこ行ったんだ……っ?」
苛つきながら、一人の男性が周囲を探る。あたしを探しているのだ。暫くして男性は引き返していった。
人の気配が周囲から消えたのを確認してあたしは陰から出る。
溢れそうになるほど詰められた紙袋の中身ににやけた。今日も成果は大量で、半日はもつ……か?
これは全て店から盗んだ飲食物だ。当初は罪の意識も大きかったが、今は割り切っている。
……盗むことしか、あたしは生きる術を知らない。そうすることでしか、生きる為の食糧を得ることすら敵わない。
初犯は一つのリンゴ。モモ……妹の飢えを和らげるために行った。この時のあたしは魔法少女になってなくて……ひ弱なガキでしかなかった。もちろん、盗みは失敗。店主に追いつかれて、思いっきり殴られたな……。
痛かった……だけど、それ以上にモモにリンゴを持って帰ってやれなくって……辛かった。
まあ……これがあたしにキュゥべえとの契約の最後の一押しだったんだけどな。
大きな路出たあたしは、紙袋の中から食べ物を取り出す。
「おにいちゃーん、まってー!」
四、五歳ぐらいの少女があたしの横を通り過ぎていく。その先に居る七、八歳ぐらいの少年の前で少女は転んだ。
「う……」
泣き出しそうな少女に兄の少年が駆け寄り少女を起こす。
「ほら、泣くな。すぐ手当するからな」
擦り傷をしたらしい少女を気遣いながら、手を引いて行く少年。仲睦まじい兄妹の姿に懐かしさを覚えつつ、あたしはその場から離れる。
魔法少女になったすぐの頃は幸せだった。実家の教会から離れていった筈の信者が戻ってきて、飢えなくなった。
父さんも話を聞いてもらえるようになって生き生きしていた。
あたしは裏で平和を守るんだって活き込んで、優しくて憧れの師にも出会えて……幸福だったんだ。
でも……その幸福は長く続かなかった。
魔法少女のことを父さんに知られた。そのときに馬鹿正直に祈りの内容を教えたのが運の尽き。
一度父さんを見放した信者が戻ってきた理由を知った父さんは呪いの言葉を吐いた。
――この魔女が!
父さんは酒に溺れ、家族に暴力を振るうようになった。挙句の果てにあたしを置いて無理心中。
あたしは独りになった。あたしは……一番守りたかったものを全て喪った。
あたしはただ家族を守りたかった。それだけなのに、祈りは逆に死に追いやったなんて……皮肉なもんだ。
紙袋から取り出したリンゴに噛みつく。周囲に目をやりながら食べているとすぐに無くなった。物足りなくて、次を取り出す。
家族を失って以来、どれだけ食べても足りない。空腹感が無くなっても、何かが足りない。食べ物の味が無くなるとイラついてしまう。
「……ちっ」
特に最近は酷い。事あるごとに嫌なことを思い出してしまう。
これもあの美樹さやかとか言う、新人のせいだ。
他人の為に願いを使った、昔のあたしみたいなバカ。
グリーフシードに余裕が無いくせに、ともなグリーフシードを落とさないと分かる脆弱な魔獣まで狩ろうとしやがって。
あんな甘っちょろい奴はすぐ力尽きるのがオチだ。
……この街にはお人良しマミがいるから野垂れ死にすることは無いだろうけどさ。
ふと、マミの姿が目に入る。あたしが通りすがろうとした花屋から出て来たところだった。
「あら……佐倉さん」
あたしの手荷物を確認したマミの目が据わる。……嫌なタイミングで会うな……。
「なにさ。文句あんの?」
「……いいえ。特に無いわ」
真面目なマミは窃盗に対して嫌悪感を持っているだろう。だけど溜息を吐いただけでそれには触れない。……あたしの境遇を知っているからだ。
「ところで、その花束なに?」
あたしは視線でマミの手元を示す。それなりに大きな花束だ。
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