5:廃墟の雨(お題:デモンストレーション)1/4 ◆/xGGSe0F/E[saga]
2013/01/03(木) 23:22:40.31 ID:Wr5rxJeJ0
たくさんの雨粒が、僕の部屋の中に降り注いだ。
もちろんこれは比喩表現などではない。文字通り、雨は僕の部屋の中へと降り注ぎ、柔らかい毛で覆われたカーペットを
濡らしていた。僕の部屋には屋根がなかった。僕がこの部屋を与えられたときから、すでにこの部屋には屋根がなく、また
僕にしたところで、屋根がなくとも特に問題がないと思っていた。なぜ人は雨に濡れるのを嫌がるのだろうか。体温が奪わ
れるから? 服が濡れるから? どちらも問題ではないね。死に関わる問題でない限り、多くの問題は僕にとってはどうで
もいい。だから、僕の部屋に屋根などいらなかった。
この部屋、もといこの家は僕の父が建てたものだった。
父は廃墟巡りをするのが趣味であり、世界中の廃墟を見て回っていた。そもそも父は定職につかずに、主に廃墟巡りしか
していなかった。それだけが彼の生きがいであり、人生のテーマだった。しかしここで一つの疑問が浮かぶはずだ。廃墟巡
りに限らず旅をするにはお金がかかるもの、定職にもつかない人間にどうして旅をする金がある? あなたはそう思うかも
しれない。しかし父にとって、その心配をする必要など全くなかった。父は地主の息子であり、何もせずとも金は入って来
たし、その金を転がして持続させると言うことは、少しばかり頭を使えば難しいことではなかった(むろん父はその金転が
しを他人に任せて、自分は廃墟を巡っていたわけだけれど)
母と父が出会ったのは、廃墟巡りを通じてインドを旅していた時だった。
インドには、世界で初めて出来た廃墟と呼ばれる「マトゥージャ・ミルカダ」という名の、廃墟マニアにとっては聖地と
も呼べるスポットがあった。そこで父と母は出会ったらしい。このマトゥージャ・ミルカダはもともとは宮殿だった建物だ
が、今では風化し過ぎていて、ただの岩の塊と、草や苔が生い茂る場所(少なくとも僕にはそう見えた)になっている。
なにせ宮殿自体は紀元前三千年に建てられたものなのだ。既にそれは建物としての体を為していないし、廃墟と呼んでい
いのかも怪しい。しかしこの廃墟はブッダの息子、ラーフラのお嫁さんが住んでいた宮殿らしく、何故かその時代にここだ
けが取り壊されずに、自然に浸食されながらずっと後の時代を見守り続けてきたと言われている。辺りはとても美しい草原
が続いていて、爽やかな風が吹く午後には、波のような美しい草の揺れを見る事が出来る。羊たちが自由に草を食み、太陽
がゆっくりと傾いていく。とても穏やかな気持ちになれる。ここには一度行ってみる事をお勧めする。
話が逸れてしまったが、マトゥージャ・ミカルダで二人は意気投合し、その日のうちにミルカダでセックスをし、一週間
後に結婚した。そして僕を産んだ。このように書くと二人は本当に馬鹿みたいな人物に思えるが、事実なので仕方がない。
しかし、勿論のことながら、子供が出来れば必然的に家庭というものを作らねばならなかった。が、父は各地を旅して一所
に留まる生活をしていなかったために、自らの家を所有していなかった。だから我々家族には、家が必要だった。家庭を作る
ための家だ。
父はもちろん普通の家に住むことを拒否した。
だから父は、普通の人では想像もできないような発想をするに至った。
――廃墟を建設して、そこを我が家にしよう。
これには誰もが絶句した。もちろん母も同様だった。
そもそも廃墟を建設するとは、どういう事だろう。建設された建物が使われなくなり、そのまま放置されて自然に呑み込ま
れていくのを、我々は廃墟と呼んでいたはずだ。
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