8:廃墟の雨(お題:デモンストレーション)4/4 ◆/xGGSe0F/E[saga]
2013/01/03(木) 23:28:37.58 ID:Wr5rxJeJ0
父が釈放され、最初に行ったのはもちろん我が家を作ることだった。
父は実家に頭を下げ、ひどく罵倒されながらも金を借りた。そしてその金で、父は廃墟を作ることにした。もちろん日本
では、廃墟を作ることは許されていなかったため、法律にうるさくなく、比較的廃墟を建てやすいキルギス北部へと移り
(もちろん政治的対立があったり、民族対立による紛争、麻薬組織の暗躍などの地域情勢不安、それに経済の未発達などた
くさんの問題はあったはずだけれど、父は何故かキルギスに建てると言い張ったらしい)、父はそこに廃墟を建てることに
した。それは僕がまだ四歳になろうかと言う時期だった。
おかげで僕は今、ロシア語に加え、キルギス語も日常会話などをこなせるまでに至った。なにせそこで暮らしてきたわけ
だからね。日本語のレベルも、まぁこの文章を見てもらえれば分かると思うけれど、少しおかしいかもしれないが問題なく
使えている――日本で有名な小説家の本を読んで勉強したんだ――。
キルギスに移った父は、早速キルギス北部の田舎町に、廃墟を建てることにした。その間にもキルギスではたくさんのテ
ロがあり、たくさんの人間が死んだ。たくさんの建物が壊され、たくさんの廃墟が生まれた。廃墟だけの町も誕生した。父
はそのことをひどく喜んでいた。人間の命よりも、廃墟の崇高さを大切にするような人なのだ、父は。
一年もの歳月をかけて、父は廃墟を完成させた。爆弾を撒き散らされて、廃墟と化した街の中に。僕らは田舎町に家を借
りて暮らしていたわけだけれど、廃墟の完成と共に、僕らは生活の圧倒的グレードダウンを余儀なくされた。なにせ新築の
廃墟に住まなくてはならないのだ。今まででさえキルギスの田舎町と言う、ほとんど何もないような場所で暮らしてきたの
に(本屋も、おもちゃ屋も、スーパーマーケットも無い。ただ雑貨屋が一軒と、食料品店が一軒。よく分からない店が三軒
あるだけだ)、それより更に何もない場所に移ることになった。ただ、首都に近い場所でもあったので、買い物は多少は便
利になったらしい。けれど、その頃の僕からしてみれば、いきなり屋根も何もない家に引っ越し、テロを行うような物騒な
人々が辺りをうろつき、時々銃弾が飛んでくるような場所で暮らすなんて、幼心ながらに理不尽だと思ったし、物凄く嫌だ
と感じていた。
しかしそこで育ち、それ以上の豊かで便利な暮らしを知らず、ここで暮らすのが当たり前と言う感覚になってみると、逆
に屋根のある家に住み、便利な暮らしをしていると自負している人のこと見るとひどく滑稽に思えてくるようになった。な
ぜそんなにたくさんの物に囲まれて暮らす必要がある? 何故そんなに物を消費する必要がある? 何故自分を幸せそうに
見せようとする? 何故自分を綺麗に見せようとするばかりにこだわり、このキルギスで酷い暮らしをしている人たちを見
て見ぬふりをする? 僕はこの廃墟で毎日本を読みながら、そんなことを考えていた。たくさんの映画を見たりしながら、
何故この人たちはこんなキラキラとした滑稽な格好をして、嘘くさい科白を喋っているのだろうと考えた。この廃墟には油
井一屋根がある部屋があり、そこでは父が勝手に引っ張ってきた電気を使って、テレビを見れたし、雨に濡れずに本を読む
ことが出来た。父はその部屋の事を、プレイルームと呼んでいた。
今、僕は父が建てたこの廃墟の中で、雨に濡れながら考えている。僕はこのキルギスで生まれ、学校も行っていないし、
毎日本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたり、絵を描いたり料理を作りながら暮らしている。もちろんとても貧しい
し、ろくな服がないから季節のひどい寒暖に耐え忍ばなくちゃいけないし、両親以外の人と会話をしたことなどほとんどな
いから会話の仕方がよく分からない。こうやって文を書くのは好きなんだけれど。
たくさんの雨粒が僕の部屋に降り注ぎ、僕を濡らしている。そらは真っ黒だし、相変わらず外では紛争ばかりが起こり、
すぐ傍でいろんな人たちが死んでいるし、それを僕に救うことだってできやしないけれど、僕はこの廃墟の中で、必死な考
え、毎日文章を書いている。それは全くもって社会的に無意味な事だろうけれど、この廃墟の中ではそれくらいしかやるこ
とがない。この廃墟は僕の心象風景の象徴であり、父の最高傑作だった。
父は紛争に巻き込まれて死んだ。この廃墟に多くの廃墟を建てたが、誰にも知られることはなかった。父は自分の墓標を
この街にたくさん建てただけだった。
いつかはこの廃墟も壊されて、僕はこのくらい部屋の中で死んでいくのだろう。でも僕はそれ以外の世界を知らないし、それで満足だと思っている。
母は一回僕に向かって、
「あなたみたいに全く笑わない、川原の石を死ぬまで積むのが仕事のような可哀相な子に、一度ディズニーランドを見せてあげたい。そこで満面の笑みをさせてあげたい」
そう言ったけれど、僕にはディズニーのことはよくわからなかった。ウォルト・ディズニーはきっと精神障害者だったのだろうと思う。だからあんな幻覚的な変な世界を作ったんだ。
でもね、僕は思うんだ。
願わくば、いつか廃墟を建てて、世界中を廃墟で埋め尽くせたなら、幸せかもしれない。
ヨウスケ・キタガワ著『世界の終わりの廃墟にて、暗い部屋の子供――僕がまだ世界を知らない少年だった頃――』より抜粋。
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