8: ◆epXa6dsSto
2013/02/09(土) 19:24:24.01 ID:juBpRnU+0
「真面目な事を言ってる時にふざけるなよ、律ー!」
「あははっ、悪い悪い。
分かってるって。私ももっと練習しなきゃな!」
澪が拳を振り上げて、私に拳骨を落とそうとする。
すかさず私は澪から離れて、軽く駆け出して行く。
胸の鼓動は相変わらず鳴り止む気配が無い。
でも、さっきまでより、多少は落ち着いてその鼓動を感じられた。
ありがとう、澪。
面と向かって言った事はそう無いけど、でも、ありがとな。
歌声に自信が無いんなら、緊張で震えが止まらないんなら、
『練習しよっ、それしか無いわ!』だもんな。
私以上に臆病な澪は、いつもそうやって色んな事を乗り越えて来たんだから――。
「……あっ」
澪の拳骨から少しの距離を逃げた頃、私は急に足を止めた。
すぐに澪も追い付いて来たけど、私に拳骨を落とす様な事はしなかった。
私が急に足を止めた理由が気になってるんだろう。
澪は少しだけ不安そうな表情を私に向けて訊ねた。
「どうしたんだ、律?
何かあったのか? ……唯の家に忘れ物をしたとか?」
「何かあったって言えば、確かにあるな。
いや、忘れ物をしたわけじゃないけどさ」
「えっ?」
澪が外したまま持っていた私の手袋を受け取ってから、私は澪の左手を強く右手で掴んだ。
突然の事に澪がまた動揺した表情を見せる。
だから、私は澪に笑い掛けてみせた。
別に澪が不安になる様な事を思い付いたわけじゃなくて、
単に懐かしくなっただけなんだ、って事を伝えるために。
「ここさ、ちょっと懐かしい場所じゃないか?
結構暗くなって来ちゃったけど、少しだけ私に付き合ってくれよ」
「懐かしい……?
あっ……、そう言えば……」
澪も私に言われて辺りを見回して思い出したらしい。
さっきまでの不安そうな表情は崩れて、笑顔になった。
今までの優しい笑顔とはまた違った、子供の頃みたいな可愛らしい笑顔に。
駅と私達の家の中間地点にある小高い丘みたいな山。
それが私――、いや、私達の懐かしい場所だ――。
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