過去ログ - ビッチ・2
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205:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/05/20(月) 22:35:37.74 ID:ctdSSd06o

 別にどこに行ってもよかったのだけど、僕は明日香と一緒に水族館に行くことにした。
デートに水族館というのが適切なのか、それとも明日香のように遊んでいた女の子にとっ
てはいい加減にしろよとかっていう感想を抱かれるような場所なのかはわからなかった。
それでも水族館に誘ったことには理由があった。

 僕には過去の記憶が曖昧にしかない。最近は虫食い状態で少しづつ思い出が蘇ってきて
はいるのだけど、それでも思い出せないことの方がはるかに多い。奈緒のこともそうだっ
たけど、再婚した父さんに連れられて今の家庭で暮らし始めた記憶についても、あまり記
憶は残っていなかった。それでも最近はまだら模様のように記憶の一部が心の中に浮かん
でくることがあった。

 最近思い出した記憶の中に水槽の記憶がある。そのガラス張りの立方体は内部から青い
照明に照らされていて、その中心には透明なクラゲがゆらゆらと浮かんでいる。その水槽
の中の幻想的なクラゲに感嘆しながら僕は女の子と手をつないでいる。

 あれは多分明日香との記憶だ。なぜなら奈緒と一緒の記憶はつらい思い出ばかりで、そ
ういう楽しいイメージは浮かんでこないのだから。唯一の例外はあの夏の日の公園の記憶
だけだった。あれは明日香と一緒の記憶だと僕は思い込んでいたのだけど、叔母さんや明
日香の話によればあれは奈緒との記憶らしい。そう言われても僕には奈緒の姿は全く浮か
んでこない。

 水族館の記憶には悲しかったりつらかったりはしないようなので、きっとそれは明日香
との思い出なのだろう。

 その土曜日、嬉しがるというよりは何だか戸惑っているような明日香を連れて、僕は水
族館に明日香と一緒にでかけた。叔母さんと雪の中を歩いたあの湘南の水族館ではなく、
自宅から少し離れた東京湾に面した水族館だ。

 僕の期待に反して明日香は終始戸惑ったままで、水槽の中のイルカやペンギンを見ても
はずんだ表情を見せてくれなかった。時が過ぎるにつれて僕は次第に焦りを感じた。明日
香が僕とのデートに喜んでくれている様子がないことに、僕は落胆していたのだ。

 期待していたような恋人同士の始めてのデートのときのような盛り上がりは全くなかっ
た。ここに誘った僕を気にしてくれたのか、明日香は興味深そうに水槽を眺めるふりをし
てくれているようだった。でも本心から彼女がここを楽しめていないことは、鈍い僕にだ
ってよくわかった。結局、環境を変えて恋人とのデートっぽい状況を整えたりしても、本
質的に関係を改善する効果なんかないのだろう。僕はそう思った。

「そろそろ帰る?」

 僕は明日香との初めてのデートらしい行動はどうやら失敗のようだった。明日香もきっ
と僕と同じ気持ちでいるのだろう。

 水族館の建物の横のベンチに隣り合って座ったまま、僕は明日香に言った。こんなに重
苦しい雰囲気でなかったらシチュエーションは最高だったろう。人気の無い夕暮れのベン
チでふたりきり。目の前には夕暮れの海が広がっている。視界の端には何隻かの釣り船が
帰途を急ぐかのように動き始めていた。

「お兄ちゃんが帰りたいなら」

 目の前の海を眺めようとすらしていないらしい明日香が俯いたままで言った。

「おまえはどうしたいんだよ」

「お兄ちゃんがしたいことであたしもいいよ」

 これでは不毛だ。夕暮れの空気は急速に暮れなずんでいくようだ。放っておくとすぐに
真っ暗になるだろう。

 もう仕方がない。僕は言わなければいけないと思っていたことをこのタイミングで明日
香にぶつけることにした。いずれは告白しなければいけないことなのだ。本当は今日くら
いは明日香と恋人同士らしい甘い感傷に耽ることにしようと期待していたのだけど。


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