264:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/06/21(金) 22:25:15.62 ID:Is8mwlDMo
「ないって言えるの? 明日香ちゃんってやたら兄友には愛想がいいとは思ってたけど、
まさか兄友を狙ってたとはね」
僕には何も言えなかった。女さんは静かな口調だったけど、その目から涙が流れている
ことに気がついたからだ。
「まあクズなのは兄友も同じか。クズ同士仲良く浮気してたんだもんね」
慰めたかったけど声が口から出ない。出ないだけでなく頭の中にも女さんにかける言葉
が浮かんでこない。
少し冷静に考えれば、明日香が兄友を好きになったとしても関係を持ったとしても、そ
れは僕と付き合う前なんだからこれは僕に対しての浮気じゃない。そういう意味では明日
香は僕を裏切ったわけじゃない。
それなのに何でこんなに心が凍りつくのだろう。奈緒が妹だと知ったときとは全く違っ
た感覚だった。まるで自分の体の一部が取り返しのつかないほど永遠に失われていくよう
な喪失感が繰り返し波のように襲ってくるのだ。
明日香のことを清純で純真な女の子だと思って好きになったわけじゃない。もともと派
手な夜遊び妹だったのだ。そんなことは全て飲み込んだうえで僕は明日のことを好きにな
ったのに。それなのに何で僕はこんなに打ちひしがれているのだろう。これは過去の話だ。
今の明日香が僕のことだけを見ていてくれるならそれでいいはずなのに。
それによく考えれば僕には明日香を責める資格はあるのだろうか。奈緒や玲子叔母さん
に心が傾き一瞬でも明日香を忘れたときの自分の姿が思い出された。あれだけ自分勝手に
行動して明日香を傷つけたというのに、僕自身は僕と付き合う前の明日香のことがなぜこ
んなに気になるのだ。何でこんなに許せないという感情を抱くのだろう。
これは嫉妬だ。明日香に対しての、そして兄友に対しての。
ベンチに座って俯いて腑抜けたように思いを巡らせていた僕はここでようやく気がつい
た。奈緒を失った狼狽や玲子叔母さんへの思慕にも関わらず、今では僕は明日香のことが
本当に一番好きになっていたのかもしれない。たとえそれが依存と言われるような感情で
あったとしても。本当に今さらな話だ。気がついたときにはもう遅かったのだろうか。
「・・・・・・大丈夫?」
自分の心の底から浮き上がると女さんが僕を心配そうに見ていた。僕よりもつらいのは
女さんだったろうに。付き合う前の明日香の浮気を知らされた僕と違って、女さんは付き
合っている兄友に裏切られたのだ。有希と兄友の関係は心配だっただろうけど、今では女
さんはそれほどそのことに真面目に悩んでいたわけでもないだろう。
でも、明日香と兄友との浮気を聞かされた彼女のつらさは想像すらできないほどだった。
「ふふ」
意外なことに女さんが笑った。
「え?」
「せっかくさっきまで君のことを、今までと違って格好いいなあって思ってたのにね」
・・・・・・何なんだ。
「今の君って雨の中で震えている子犬みたい。さっきまでの格好いい君の姿の片鱗もない
ね」
泣き笑いというのはこういうことなのか。強がっているように見えて女さんは全然動揺
を隠せていないじゃないか。
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