271:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/06/21(金) 22:30:07.31 ID:Is8mwlDMo
切ってすぐにまた電話が鳴った。ディスプレイに『玲子叔母さん自宅』という文字が表
示される。僕は携帯の電源を落とした。
リビングのソファに腰かけて僕は静まった携帯をテーブルの上に投げ出した。こんな態
度を叔母さんにとってはいけないことはわかっていたけど、今は冷静に叔母さんと会話な
んかできない。
僕と付き合う前の明日香の浮気。彼女が裏切ったのは僕ではなく池山だ。それでも僕は
こんなに動揺している。
とにかく落ち着こう。こんなに同じことをうだうだと考えていても結論は出ない。
家の中は誰もいないせいで静まり返っていた。食欲もない。茫漠としたまま何となく室
内を眺めたとき、視線が自分の座っているソファの端に止まった。
何かがソファの端っこに置き捨てられている。どうも古い小さな携帯電話のようだ。
それは家族の誰のものでもなかった。僕以外はみんなスマホだし僕自身のスライド携帯
は電源を切られたままテーブルの上に放置されている。
僕はその携帯を手に取ってみた。
・・・・・・どうやら古いキッズ携帯とかいうやつみたいだ。緑色の筐体のその折りたたみ携
帯を開くと、小さなディスプレイの周囲がピンクのプラスティックで縁取られている。
僕の携帯は今の物が初代だ。明日香の昔の携帯電話だろうか。明日香がスマホに変える
前の携帯のことなんか思いだせないけど、小学生の頃の明日香なら両親がこういう子供向
けの携帯電話を持たせていても不思議はない。
電源ボタンを押してみたけど、やはりバッテリーが切れているようでその携帯は何の反
応も示さなかった。
僕は改めてその携帯電話をしげしげと眺めた。何やら心の奥底でざわめいてくるような
感覚があった。今の僕の悩みから逃避するようだったけど、僕は必死になってその感覚を
探ろうとした。
そのとき何かの記憶の断片が心の奥で浮かび上がった。
『ごめんね、奈緒人。君のこと大好きだよ』
『でも、もう君の力にはなってあげられないの。もう今までみたいに一緒にいてあげられ
ない。そのことが本当に悲しい』
『あなたにとって、本当に大切な人は奈緒なのに。まさかお兄ちゃんが奈緒人のことを裏
切るなんて』
心の中に蘇ったのは若い女性の声だった。
『お姉ちゃん? どうして泣いているの』
『これ、持ってて。お兄ちゃんと理恵さんには内緒よ。そして奈緒ちゃんにも同じ携帯電
話をあげたから。君たちはこれでお互いに繋がっていられるの。お兄ちゃんや麻紀さんな
んかに、大人たちなんかに負けちゃ駄目よ』
そうして僕は初めて持たされた携帯電話の使い方を唯お姉ちゃんに教わった。
メモリーされているのは妹の携帯電話の番号だけ。父さんと新しい母さん、そして明日
香との三人での暮らしが始まってから数日後、もう我慢できなくなった僕は教わったとお
りにその携帯電話を使った。電話はすぐに通じた。その声の相手はすぐにわかった。パト
カーに捕まって引き離されて以来初めて聞く奈緒の声だった。
翌日、僕は初めて訪れた駅に着き奈緒に指示されたとおりに夕暮れの町の中を歩いた。
奈緒の指示がよかったのか僕は全く迷わずにその場所に着くことができた。その家の中か
らはピアノの音が静かに漏れ出していた。
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