98:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[saga]
2013/03/10(日) 00:44:14.41 ID:1rpRl+2Eo
奈緒の表情が固まった。でもその表情は、春の風に少しづつ溶けていく庭に積もった雪
のように柔らかく消えていった。
「ごめん。ひどいこと言っちゃった」
僕は伝票を掴んで立ち上がった。
「お兄ちゃん」
奈緒はさっきまでの不機嫌そうな感情を突然どこかに捨ててきてしまったかのように微
笑んだ。まるで兄妹であることを知らないで仲良く付き合っていた頃のようだ。
「お兄ちゃんはそんなこと考えていたんだ」
「何が」
僕は奈緒の豹変に戸惑った。
「お兄ちゃん、あたしのこと好きでしょ?」
「な、何だよ。いきなり」
奈緒は相変わらず微笑んだままだ。
「お兄ちゃんに嫉妬させちゃってごめんね。あの人とは何でもないから」
そんなことはどうでもいい。
「本当にさ、いったいどうしたんだよ。いきなり怒り出したりいきなり笑ったりしてさ」
僕は思わず自分が口走ってしまった恥かしい言葉を棚に上げてそう問い質した。
「お兄ちゃんってそんなこと考えてたんだ。でも気持ちはよくわかるから恥かしがらない
で。正直に告白するとあたしだって同じこと考えて悩んでたんだから」
奈緒の意外な言葉に僕は再び腰をおろした。でも、奈緒は僕が本当の兄だと発覚したと
きは泣き出しながら抱きつくほど喜んでいたのではなかったか。
「・・・・・・悩むって何で」
「お兄ちゃんと一緒。あたしが本当に悩まなかったって思ってたの? 一時は本当に好き
だった人が恋人にできないってわかったのに」
でもあのときの奈緒は純粋に昔離れ離れにされた兄との再会に感激していたとしか思え
なかったのに。僕は今でもそのときの奈緒の言葉は一言一句思い出せる。
『お兄ちゃん会いたかった』
『ずっとつらかったの。お兄ちゃんと二人で逃げ出して、でもママに見つかってお兄ちゃ
んと引き離されたあの日からずっと』
『もう忘れなきゃといつもいつも思っていた。お兄ちゃんの話をするとママはいつも泣き
出すし、今のパパもつらそうな顔をするし』
『あたしね。これまで男の子には告白されたことは何度もあったけど、自分から誰かを好
きになったことはなかったの』
『そういうときにね、いつもお兄ちゃんの顔が思い浮んでそれで悲しくなって、告白して
くれた男の子のことを断っちゃうの』
『それでいいと思った。二度と会えないかもしれないけど、昔あたしのことを守ってくれ
たお兄ちゃんがどこかにいるんだから。あたしは誰とも付き合わないで、ピアノだけに夢
中になろうと思った』
『でも。去年、奈緒人さんと出合って一目見て好きになって・・・・・・。すごく悩んだんだよ。
あたしはもうお兄ちゃんのことを忘れちゃったのかなって。お兄ちゃん以外の男の子にこ
んなに惹かれるなんて』
『奈緒人さんのこと、好きで好きで仕方なくて告白して付き合ってもらえてすごく舞い上
がったけど、夜になるとつらくてね。あたしにはお兄ちゃんしかいなかったはずなのに奈
緒人さんにこんなに夢中になっていいのかなって』
『それでも奈緒人さんのこと大好きだった。お兄ちゃんを裏切ることになっても仕方ない
と思ったの。これだけ好きな男の子はもう二度と現れないだろうから』
『でも奈緒人さんはお兄ちゃんだったのね。あたしがこれだけ好きになった男の人はやっ
ぱりお兄ちゃんだったんだ』
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