過去ログ - 透華「ハギヨシ」ハギヨシ「ここに」 -SS速報VIP

過去ログ - 透華「ハギヨシ」ハギヨシ「ここに」

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1: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 00:53:33.33 ID:hYgTQvhI0

〈レモンと執事とお嬢様〉

「喉が渇きました」

「本日はレモンティーの用意をしてございます」

「まあ。素晴らしい手際ですわ、ハギヨシ」

「光悦至極」

ここまでがテンプレート。
泣く子も黙る龍門渕家のご令嬢透華と、執事萩原の日常の光景である。

透華は一度、満足げに頷く。
執事は二人掛けテーブルの小脇から、そっと手を伸ばす。
清潔な白いクロスの上に、ソーサーとカップが音もなく現れた。

「失礼いたします」

透華の肩口から、燕尾服の右袖が伸びてくる。
薄い白手袋の右手にはシンプルな意匠のティーポット。
こぽぽと小気味良い音を立て、上質な陶器に紅茶が注がれていく。
透華は穏やかな眼差しを、琥珀色の水滴にではなく、白布に包まれた執事の右手に注いでいた。

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2: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 00:57:05.12 ID:hYgTQvhI0

『ハギヨシ。貴方、私の後ろから紅茶を注ぐようになさい』

作法通り主の右側から注ごうとする執事に、そんな駄々をこねて困らせたのはいったいいつのことだったろう。

3: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 00:58:46.23 ID:hYgTQvhI0

十分が経った。

二十分も過ぎただろうか。

4: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:00:27.54 ID:hYgTQvhI0

執事は紅茶を注いでいた時よりも三歩ほど後ろに下がってはいたが、それ以外は三十分前となに一つ変わらぬ様子でそこに佇んでいた。
彼が主の許しを得ず、透華の前から無断で辞去することは決してない。
それを知った上で透華は、なにも告げず午睡に興じた。

5: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:03:03.80 ID:hYgTQvhI0

それが嬉しいと思うこともあれば、疎ましいと思うこともままあった。
自分と彼との間には、目に見えない溝が確かにある。
それをどうしようもなく思い知らされるようでイヤで、でもあの笑顔は見たくて、そんなジレンマ。

6: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:04:20.17 ID:hYgTQvhI0

こういう時に彼は、困ったように眉尻を少しだけ下げ、小首をわずかに傾げてやはり微笑む。
透華は内心で拳を振り上げる。
この顔が見たくて、困らせているようなものだった。

7: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:05:39.54 ID:hYgTQvhI0

龍門渕家の令嬢たるもの、あらゆる学識を修めていて当然である。
ゆえに透華の『おしゃべり』は、分野も国境もフリーパスで飛び越える。
政治、経済、文学、化学、民俗学、そして帝王学。
すべてにおいて追随してくる話し相手は、この屋敷で父と彼だけだった。

8: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:07:34.20 ID:hYgTQvhI0

「明日は晴れるかしら」

「はい、おそらくは」

9: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:10:50.46 ID:hYgTQvhI0

完璧だ。
単なるおしゃべり相手として見ても、やはりこの執事は完璧だ。

10: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:12:22.70 ID:hYgTQvhI0

にやついた、悪く言えば少々お下品な笑みが、長野屈指の名家のご令嬢の頬にくっきり浮かぶ。

「いいですこと、ハギヨシ。貴方が将来娶るであろうご女性に対して、経験不足から来る失礼などあっては、それはひいては龍門渕家の監督不行き届きということになるのですわよ」

11: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:13:23.20 ID:hYgTQvhI0

「わた、くしを練習台にしても、構いませんことよ？」

12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
2013/03/01(金) 01:13:51.63 ID:jMUa4lz+o
！？

13: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:15:13.66 ID:hYgTQvhI0

執事はすっかり黙りこくってしまった。
透華、内心で渾身のガッツポーズ。
よおし、困ってる困ってる。

14: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:17:03.02 ID:hYgTQvhI0

そして、三度叩きつけられた無理難題。
彼には逆立ちしようができるわけのないことだと、わかった上でそう言った。

15: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:18:25.71 ID:hYgTQvhI0

「透華」

その瞬間だった。

16: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:19:53.56 ID:hYgTQvhI0

蛙の潰れたような、素っ頓狂な声が喉から漏れた。
見れば眼前に、いやに彫りの深い笑みを湛えた執事の姿が。

17: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:21:28.34 ID:hYgTQvhI0

「目を、つむっていただけますか」

「あ、いや、その」

18: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:22:58.84 ID:hYgTQvhI0

口では抵抗しながらも、透華は言われるがまま目を瞑っていた。
肩を握る彼の手に一層の力が加わる。
いよいよ透華は観念して、唇をきつく引き結んだ。
そして。

19: ◆hruklyol.U[saga　!orz_res]
2013/03/01(金) 01:27:26.52 ID:hYgTQvhI0

20: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:28:07.69 ID:hYgTQvhI0

21: ◆hruklyol.U[saga]
2013/03/01(金) 01:30:13.58 ID:hYgTQvhI0

「～～～～～っ！」

声にならない声を上げて、弾力のある背もたれに身を投げ出す。

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