9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage saga]
2013/04/29(月) 07:35:02.35 ID:IfvVtyDz0
月日は流れた。些細な口論から家主の女に追い出された俺は、何となく実家に帰るという気も起こらず、
多少は金もあったのでワンルームマンションという名の穴蔵に住みついてだらだら生きながら、それでも
律儀に公園通いは続けていた。そんなある日のこと。
雨。塗装屋の仕事は中止。今日も高垣さんと凛太郎には会えなかった。職人殺すにゃ刃物はいらぬ、
雨の三日も降ればよいなんて言うが、昔は貯蓄という概念は無かったのだろうか。それともおそらく江戸
時代とかそのあたりの時代、気風の良さが無闇に礼賛される風潮の中で、宵越しの銭を持つなんてぇ
考えはべらんめぇだったのだろうか。とりとめも無くそんな事を考えながら俺は、天井付き休憩スペース
でミックスナッツの袋を開けるかどうか思案していた。腹は減っていないが、やることも無かったので。
勤め人であろう、黒い傘を差したスーツ姿の男が俺の前を横切った。俺と一瞬視線を交わし、そのまま
通り過ぎるかと思いきや、男は前を向いたまま後ずさりして俺の視界の中心に立ち止まると、回れ右の
要領で90度体の向きを変え、微笑を浮かべて俺と対峙した。
俺自身今まで色々な人間と会ってきたが、その中でもずば抜けて変な人である。俺は内心、男の興味が
実は俺なんかではなく、俺の向きからはたまたま見えない位置にいる、男の友人か誰かであることを
願った。でも駄目だった。この休憩スペースは男のいる広場にその開口を向けてコの字型に設置されて
おり、広場に向かい合うようにして座る俺の背面には池が広がっている。つまり男は先程視線を交わした
だけでこの俺に興味を持ったということであり、そうでもなければこの男は俺の後方、蓮の葉ばかりが
無闇矢鱈に生い茂っている池の上に浮かぶ、男だけにしか見えないような何か得体の知れないものに
笑顔で向かい合っているということになり、俺としても男と池に棲む化け物との交流を頭上で交わされる
という事態は避けたい。取りあえず逃げようかな、と思ったが、前述の通りコの字型にしつらえられた
ベンチには背もたれがついており、これを乗り越えて逃げるのも割と骨である。混乱していると、男が
ついに口を開いた。
「君、うちで働かないか?」
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