過去ログ - 鷺沢文香エッセイ集『本とアイドルと私』
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166:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:40:43.30 ID:e95suTmk0
7,6月19日「さよなら、は言えなくて」

 それは愛か、それとも憧憬か。

 遺された文字が語り掛けてくるのは、物語を通り越して...。
以下略



167:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:43:05.48 ID:e95suTmk0
 私と美優さんが三鷹駅に降り立つと、時間は13時をとうに過ぎていました。構内ですれ違う人達は皆傘を片手に、いつ雨が振り出してもおかしくは無い梅雨の気まぐれに備えています。

  改札口を抜けて南口...これから向かう先を見据えると、向かい風が涼気を運んできました。幾分か心地良いのですが、ビルの谷間から覗く雲で覆われた空模様と湿り気を含んだ空気は、何処か陰鬱な気分にさせてくれます。




168:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:45:27.80 ID:e95suTmk0
 今日私達が三鷹市にやって来たのは、今年で65回目となる「桜桃忌」に参列する為でした。


 1948年6月13日。愛人と共に玉川上水に入水し、自らその生涯に幕を下ろした作家太宰治。『人間失格』や『走れメロス』など、数々の名作を残した文士の亡骸が発見された6月19日は、奇しくも39歳の誕生日であったため、「桜桃忌」と呼び彼を偲ぶ日となったのです。

以下略



169:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:48:16.51 ID:e95suTmk0
 昨晩、私の部屋にやってきた美優さんが、一緒に行かないかと誘ってくれました。

 聞くと美優さんは太宰治の熱心な愛好家で、時間を見つけては青森を初めとしたゆかりの土地を度々訪ね、桜桃忌にも毎年足を運んでいるそうです。


以下略



170:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:50:44.30 ID:e95suTmk0
「それじゃあ...行きましょうか」

 私にそう告げると、美優さんは慣れた脚付きで南口のデッキを降りて行きます。

 片手に傘を、もう一方に百合の花束を抱える姿、淑女という言葉が似つかわしい所作と表情は、すれ違い様に思わず振り返ってしまう程儚く、美しいものでした。
以下略



171:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:53:17.60 ID:e95suTmk0

 さて中央通りを20分程歩くと、段々と活気も薄れてきて、道ゆく人の数も減ってゆくなか、目的地の禅林寺に到着しました。

 立派な山門を構え、様々な施設を揃えているこの寺社は、太宰の他に森鴎外が埋葬されていることでも知られています。

以下略



172:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:56:08.61 ID:e95suTmk0
 本堂の横にある地下道をくぐり、墓地に向かうと、桜桃忌に来たのであろう人達が既に集まり始めていました。歓談したり、写真を撮ったりと和やかな雰囲気を催しています。

 太宰の墓石を中心に出来たその輪の中に私達も混じり、様子を眺めることにしました。

 外柵に囲まれ、太宰と津島家の墓碑が隣り合う墓前には、多くの花やお酒、文庫本と桜桃...さくらんぼが供えてあります。
以下略



173:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 21:58:47.25 ID:e95suTmk0
 午後2時になる頃には、墓地は太宰を偲ぶ人で溢れかえっていました。中には新聞社の方でしょうか、腕章を付けカメラを構えている姿も見受けられます。

 その合間を縫って、住職であろう方が現れました。矢庭に厳然とした空気が周囲に流れ込んで来ます。墓前に立つと、読経が始まりました。




174:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 22:01:22.97 ID:e95suTmk0
 粛々淡々と執り行われる桜桃忌。時折シャッターを切る音が鳴り渡りますが、厳かな雰囲気を破ることはありません。

 それぞれが思い思いにこの文人を偲ぶなか、私と美優さんも、読経が終わるまで手を合わせ続けました。


以下略



175:CG出版編集部 ◆rSMipP4xr.[saga]
2013/06/20(木) 22:03:33.11 ID:e95suTmk0

 駅の方面に戻る途中で見つけた古本屋に立ち寄り、甘味処で買ったたい焼き(シッポまで餡子の入っていてちょっと幸せでした)を頬張りながら、私達は「太宰治 文学サロン」へと向かいました。

 太宰が通った「伊勢元酒店」の跡地にあるこの文学サロンは、三鷹で過ごした期間の資料を中心として展示されています。

以下略



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