過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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12: ◆2cupU1gSNo
2013/06/19(水) 19:47:02.54 ID:h4wqzmLN0


「あ、いや、えっと……」


どうにか千反田の口から出てきた言葉は意味を成していなかった。
その顔色は蒼白と形容して差し支えないものだった。
ただ何かが気になるのか、何度も前髪を横に流している。
千反田自身の髪の長さだろうか。
今更自身の髪の長さが気になるはずがない。
しかしその千反田の素振りは俺にはそう見えて仕方がなかった。


「もしかして気分が悪いのかい?
それなら保健室に行った方がいいかもしれないね。
放課後だけどまだこの時間なら先生もいるはずだから」


自分に原因があるのかと様々訊ねていた里志だったが、
その千反田の蒼白の表情を見ているうちに考えを改めたらしい。
いくら里志の言葉が無遠慮であることが多いとはいえ、誰かをここまで青ざめさせるほどではありえない。
里志はそこまで短慮ではない。
そもそも話していたのは単なる海外SFの話なのだ。
他に原因があると考えるのが自然だろう。
俺は文庫本を鞄の中に片付け、蒼白な表情の千反田の横にまで歩み寄る。


「千反田、体調が優れないなら俺も付いていってやる。
付き添いが男だけだと不安だと思うなら近くの部の女子に声を掛けてやる。
出払っている部も多いかもしれないが、おそらく天文部なら暇してるだろう。
少なくともまず間違いなく沢木口……先輩ならいるだろう。
勿論、おまえがそれを望むのならだが」


珍しくやる気じゃないか、ホータロー。
とは里志も言わなかった。
人を茶化していい時と悪い時の区別は付けられる奴なのだ。
その証拠にというわけではないだろうが、真剣で鋭い視線を俺に向けた。
力仕事に自信があるわけではないが、仮にもこちらは男二人なのだ。
もし千反田が歩く事すら辛いようでも、運ぶことくらいはどうとでもできるだろう。
千反田がそれに抵抗があるならば、天文部の沢木口に頼めばいい。
天文部の女子部員は多いようだし、沢木口ならその他の人脈も広そうだ。


「どうする千反田?」


確認のために千反田と視線を合わせようとしてみる。
しかし千反田の視線は虚ろで、傍に俺と里志がいることに気付いているかすら曖昧だった。
いや、何度か俺たちに視線を向けていたからそれはないだろうが、
そう思えるほどに今の千反田は意識をどこか遠くに手離しているように見えた。
これは本気で沢木口を呼びに行った方がいいかもしれない。
そう伝えようと俺が里志と視線を合わせた瞬間だった。


「ちょっ……、ちょっとトイレに行ってくるから!」


唐突に言い放った千反田が髪を振り乱して立ち上がった。
若干唖然としている俺たちには目もくれず、一目散に部室から飛び出していく。
普段の千反田からは考えられない勇ましい手の振りで、見事なランニングスタイルだった。
陸上でいい記録が出せそうだ。

十数秒ほど呆然としていたかもしれない。
これまで積み重ねた俺の中の千反田の印象が崩れかかるのを感じる。
何とも複雑そうな表情で沈黙を破ったのは里志だった。


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