過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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34: ◆2cupU1gSNo
2013/07/09(火) 18:37:42.18 ID:eFUnsoWc0


一章 きつねにはあぶらあげ


1.六月二十五日


「あれ、ふくちゃんはまだなんだ?」


田井中と気まずいわけではない沈黙を過ごしていると部室のドアが開いた。
横開きのドアを開いたのは最近髪留めを使うようになった伊原だった。
髪留めを使うようになったからと言って特別大人びた様子はなかったのだが、
精神は俺よりもかなり強靭だったらしいことを実感させられているのも確かだった。


「おいーっす、摩耶花」


田井中がシャーペンでリズムを刻むのを中断し、伊原に笑いかける。
まったく見事なものだ。
なんの屈託もなく見える笑顔。
俺が田井中の立場であれば、これほど気楽に立ち振る舞えはしないだろう。


「やっほー、たいちゃん」


伊原が俺には視線も向けずに田井中に笑いかける。
こちらも見事なものだった。
不可思議を遥かに超える現象を目の前にして、なお明るく振る舞えるのは女の特性なのだろうか。
しかしたいちゃんとはまた珍妙な呼び方を考えたものだ。
千反田はちーちゃんと呼び、大日向はひなちゃんと呼んでいた伊原。
伊原の中では、あだ名は苗字由来でなければならないという戒律でもあるのかもしれない。
鞄を置いて定位置の席に座ると、伊原はやっと俺の方に視線を向けた。


「あ、折木もいたのね」


いたら悪いのか。
二年に進級すればその舌鋒も治まるかと淡い期待をしていたのだが、やはり淡い期待は水泡に帰すものらしい。
今更伊原に丁寧な態度を取られても気持ちが悪いだけだが。


「そうそう、たいちゃん。
今日はこんなのを持ってきたんだけど」


俺の返事を聞くこともなく伊原の視線は田井中に戻る。
いつものことなので俺も構わずに田井中に視線を向けた。
伊原が自分の鞄の中を漁り始める。
無理矢理入れていたらしく苦戦していたが、数秒後に取り出したのは長い二本の棒だった。
いや、二本の棒などと婉曲した表現をする必要もない。
伊原が取り出したのはドラムスティックだ。
よくぞあの鞄の中にしまいこめたものだと思う。
真新しい輝きから察するにどうやら新品らしいが。


「おっ、いいスティックじゃんか、摩耶花!
これどうしたんだ?」


田井中が興奮気味の声を上げる。
俺にはドラムスティックのよしあしは分からないが、
軽音部でドラマーをやっていたらしい田井中が言うのならいいスティックなのだろう。


「たいちゃんへのプレゼント。
ドラムを叩けなくてストレスが溜まってるんじゃないかと思って。
実はね、軽音部の友達に頼んだらドラムを貸してもらえる事になったのよ。
どう、たいちゃん?
今からでも連絡すれば貸してもらえると思うけど、叩いてみる?」


「マジかよ!」


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