過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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446: ◆2cupU1gSNo[saga]
2014/04/19(土) 17:54:49.33 ID:WdWF52tS0




終章 いつか、辿り着けるのだろうか?






宵の口に入った頃、俺は千反田に連れられて彼女の部屋に入り、用意された座布団の上に座っていた。
初めての千反田の部屋は想像していたよりも多少散らかっているようだった。
俺が考えていたよりも、千反田自身が部屋を整頓しない人間だったという可能性はもちろんある。
だが俺はその多少散らかった部屋が、田井中の残滓に思えてならなかった。
田井中律という人格が存在したという証。
それを消したくなくて、千反田も部屋を片付けられずにいたのかもしれない。


「折木さん、これです。
これを、聞いていただけませんか?」


そう言って千反田が指し示したのは学習机の上に置かれたラジカセだった。
見るからに年代物のラジカセだ。
なにしろCDを再生する箇所すら存在していない。
それを指摘すると、「伯父が残したものなんです」と千反田は軽く呟いた。
なるほど、千反田の伯父の物であれば年代を帯びていても不思議ではない。

電力の省エネを心掛けているのだろうか。
抜かれていたラジカセのコンセントを差し込んだ後、千反田はラジカセの再生ボタンを押した。
俺に聞かせたいというカセットテープは既にセッティングされていたらしい。


「あー、テステス、マイクテス。
本日は晴天なり、暑苦しいほど蒸し暑い晴天なり」


ラジカセのスピーカーからはすぐに聞き覚えのある声が響き始めた。
年代を帯びたラジカセのせいか若干声がひび割れている。
だがその声を聞くだけであれば、なんの問題もないひび割れだったし、その声は俺の耳によく届いた。
千反田と同じ声でありながら、イントネーションもアクセントも声色も声質も違っているその声。
カセットテープに録音されていたのは、間違いなく田井中の声だった。
いつの間にか俺は耳を澄ませていた。
今はもういないあいつの声を聞き逃さないように。


「よっ、ホータロー、久し振り……になるのかな?
ま、いいや、それはともかくとして。
お前がこれを聞いてるってことは、私はもうこの世界にはいないんだろう。
なーんて、なんだか漫画とかによくある遺言みたいだけどな。
本当は手紙で残そうかとも思ってたんだけど、長くなりそうだし、
上手くまとめられる自信も無かったからカセットテープに録音することにしたんだ。
これならお手軽だしな。
それに私って結構カセットテープって好きなんだよな。
ホータローには言ってなかったと思うけど、実は卒業式前に私たちの曲をカセットに録音したこともあるしな」


カセットかよ。
まあ、CDに録音する方法は俺もよくは知らないが。


「あ、ホータロー、カセットかよ、って思っただろ?
それなりに長い付き合いだからそれくらい分かるぞ?」


さいですか。
いや、確かにそう思っていたのだが。
とにかくそれなりに長い付き合いだったということだ、俺と田井中は。
スピーカーから軽い笑い声が聞こえた後、少し真剣に感じられる田井中の声が続いた。


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