過去ログ - 奉太郎「軽音楽少女と少年のドミノ」
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48: ◆2cupU1gSNo
2013/07/21(日) 21:38:52.89 ID:o00vW39W0


3.六月十四日


「粗茶ですがどうぞ」


水筒から湯のみに注いだお茶を里志が客人の前に振る舞った。
是非はともかくとして、こういう細かい気配りを忘れないのが里志らしい。
粗茶という言葉は久しぶりに聞いた気がする。


「ああ、ありがとう」


おそらくは社交辞令なのだろう。
今日の古典部の客人の唇が軽く微笑みのように歪んだ。
しかしその眼光の鋭さは決して衰えておらず、若干不機嫌な様子に見えた。
いや、この人の表情は大体において不機嫌そうか。
女帝と呼ばれ続けるのも大変だということなのだろう。

前髪を横に流してから、女帝こと入須が湯のみに口を付ける。
振る舞われた物はきちんと頂く。
当たり前のことなのだが、この人がやると逆に不自然に思えるのが自分でも滑稽だった。
前にこの入須に渋いお茶の店に連れられたことがあるからかもしれない。
あの店のお茶の値段に受けた衝撃はまだ忘れていない。
普段あの下手なディナーよりいい値段のお茶を飲んでいる入須に、
里志が水筒から注いで粗茶として振る舞ったお茶がどれだけ通用するのか甚だ不安でもある。
だがその粗茶に喉を潤した入須の反応は意外なものだった。


「おや」


「入須さんの口には合いませんでしたか?」


「いや、いい茶だと思うよ、福部君。
水筒から注がれた茶がこれほどの味だとは思っていなかった。
君はいい茶葉を持っているようだな」


「お褒めに預かり光栄です、入須さん。
実を言うと自宅からいい茶葉を見繕って拝借した物なんですよ」


嬉しそうに里志が頭を掻く。
その口振りから察するに入須がいい茶の店を贔屓にしていることは承知の上だったらしい。
そういえば昨日入須に連絡を取ろうと俺が発案した際、
巾着袋からメモ帳を取り出して入須の電話番号を俺に伝えたのも里志だった。
俺と伊原は入須の連絡先を知らなかった。
数度関わっただけの赤の他人に近い単なる後輩なのだから、その方が当たり前だろう。
しかし里志は普段から持ち運んでいる巾着袋の中に、赤の他人に近い先輩の電話番号を忍ばせていたのだ。
しかも俺が「連絡先の交換をいつの間にしていたんだ」と訊ねると、こともなげに里志は「してないけどね」と答えた。
つまり里志が一方的に入須の電話番号を知っていたというわけだ。
さすがはデータベースを自称するだけあるが、ちょっと怖いぞ、里志。


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