5:@[saga]
2013/06/15(土) 01:08:57.21 ID:rH3krSfi0
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自分で言うのもなんだけど、杏は結構優秀だったりする。もともと、あんまり出来ないことはなかった。だから努力とは無縁で、怠け癖がついちゃったんだと思う。
そんな杏を、あのプロデューサーは引きずり回してビシバシ鍛えた。おかげでほとんどのことは卒なくこなせるようになった。
そういうわけで、その日の収録を圧倒的な早さで終わらせた杏は、いつもよりずっと早く事務所の前にたどり着いていた。プロデューサー、ビックリするかな。もしかしたら誉めてくれるかも。
なんてことを考えながら事務所のドアノブに手をかけた杏は、その向こうから聞こえたプロデューサーの声で動きを止めた。
『そんなことはない。俺も杏のあの態度にはほとほと困り果てているさ』
身体中の熱が心臓へ向かうのを感じた。
扉に嵌め込んであるガラス越しに、プロデューサーと まゆ の横顔が見える。今の言葉がプロデューサーの口から発せられたことは間違いないようだった。
それでも、なにかの聞き間違いかと思って扉に聞き耳をたててみる。そしてすぐに、その行動を後悔することになった。
『毎日こき使われてヘトヘトだ。勘弁してほしいよ、まったく。俺はあいつの母親になりたいわけじゃないんだからな』
心が軋むっていうのは、きっとこういうことを言うんだと思う。自分の価値を見失う感覚。
すぐにその場を離れようかと思ったけど、足がうまく動いてくれなかった。無理やり歩こうとしたらもつれてしまい、1歩も歩けずに転んでしまった。
無様に地べたに這いつくばりながら、震える口許を抑えて後悔した。
もしかしたら。
ほとんどマンツーマンで、二人三脚で、一緒にトップアイドルへの道のりを歩んだ杏たちだから。
絆みたいなものが築かれていて、プロデューサーも杏のことが大好きで、毎日迎えに来てくれるのも、つまりそういうことで、じつはプロデューサーも満更でもないとか思ってるんじゃないかと、そんな都合の良いことを考えてた。
でも蓋を開けてみれば、こんなもの。プロデューサーにとって杏は、本当にめんどくさい子でしかなかったんだ。
その日は幸い、もう仕事もレッスンも入っていなかった。杏は震える足を引きずってタクシーを拾い、そのまま家に帰った。
そして本当に久しぶりに、声をあげて泣いた。
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