152:うらみの滝 2/3(お題:滝の水) ◆d9gN98TTJY[sage]
2013/07/27(土) 12:01:58.71 ID:uAA1OfnI0
――暗いところから、光あるところをみるのってこんな感じなのね。きっと……。
薄く白いヴェールの向こうから、樹の葉擦れの音や生き生きとした鳥や虫の音が、向こう側は生き物の世界なのだと教えてくれるようだと彼女は言っていた。
彼女は正しく山を恐れた衣服のままで、それでも柔らかな物腰は奥ゆかしさをみせて、あちら側に連れ出してねと手を指し出すこともあった。
連れ出したのは俺で、連れ出されたのも俺だった。
山の歩き方を教えたのは俺で、山で詠う喜びを教えてくれたのは彼女だった。
どちらがどうというのではなく、互いに影響を与え合って、二人で一つの存在に近づいていく喜びがあった。
どちらかが知らないことならお互いに教えていったし、二人とも知らないことなら二人で知りにいった。
こうして独りで土を踏みしだいていた頃のことなど思い出すのも億劫なくらい、二人でいる時間はとても濃かった。
もう独りでの歩き方も忘れてしまったようなものだ。
だからこれで悔いはない。
足を止めずに滝の裏に行こう。
頂上に続く道から少し離れて、土壁に沿って歩いていこう。
この世とあの世を隔てるような、幻想的なあの場所に行こう。
鍛えれば身体の弱さなどどうにでもなると、少し元気になったならほら自分が正しかったのだと、勘違いしていたことを詫びに行こう。
去年の秋、走り出さんまでの勢いで、せっかく彼女が案内してくれた葛の葉ゆかりの神社の説明を、あまりよく覚えていないことも詫びに行こう。説明は覚えてなくても、彼女の振る舞いはよく覚えてるというのは言い訳になるだろうか。
思い出の中の彼女に逢いに行こう。
湿り気を含んだ地面をしっかり踏んで、濡れた小石で足をとられないように気をつけて。
そうは思っても、一度思い浮かび始めた彼女との最後の旅行の思い出は、日陰の暗い中での視界よりはとても鮮やかで、思わず気を奪われそうになる。
一歩ごとに滝が近づき、斜めからでもその白さがわかる。
その清らかな白さに、旅行のときの彼女の声が蘇ってきた。
――本当に葉の裏は白なのね。
葛の葉っぱを探しに捜してやっと見つけた葉を掴んで、安堵したかのように嬉しそうにその発見を伝えてきていた時の声だ。
幸せな想いで胸が一杯になった時に、やっと滝の真裏にたどり着いた。
透けて見える景色が、思い出の通り白く輝いていた。
そして、視界はさらに歪んでより白く染まった。
色とりどりの乱反射を含みながらも、とても真白く、とても輝かしく。
彼女の言葉を記憶の中から揺さぶり起こされながらその輝きを見ていた。
――だったらきっと、本当は葛の葉も保名に生きてもらいたかったのよ。
輝きのわけは、いつの間にか流れていた涙で。
涙も輝きも、あふれればあふれただけ滝の水に混ざっていった。
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