過去ログ - 文才ないけど小説かく(実験)4
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293:真っ白と黒と無色の天使(お題:色鉛筆) 1/9  ◆/xGGSe0F/E[saga sage]
2013/08/11(日) 02:39:52.41 ID:VMBVgmEm0

 たくさんの絵の具の匂いがしている。ここは父がアトリエとして使っている部屋だ。僕にはまだはっきりと区別がつかないが、様々な道具の匂いが、空気や壁に染みついたように僕の嗅覚を刺激する。油絵の具の独特の匂い、資料の本の少し黴臭い香り、画材や何かのよくわからない幼い頃から嗅ぎ続けている香りが、そこら中から漂ってきている。
 父が絵を描く仕事としていると言うことは幼い時から聞いていた。しかしながら、父は世間がイメージする画家と言った、いかにも芸術性にあふれる浮世離れした職人という事ではなくて(本格的な画家と言う職業が何を指すのか僕にも今ひとつわからないけれど)父の仕事は主にちょっとマイナーで芸術性のあるミュージシャンのPVを作るために絵を提供したりだとか、テレビ番組で使うこまごまとした、別にあっても無くてもいいような絵を提供したりだとか、何かの商品の広告ポスターのための絵を提供したりと言った、いわゆる絵の何でも屋さん的な仕事をしているのだと教えられた。そしてその仕事やら営業やらの合間に、父は自分の好きなように描いた、大きさの自由な絵を、時間の許す限りを使って何枚か仕上げ、その絵を自らが開く個展などで発表しているのだとも、僕は聞いていた。
 父の創作活動がそういう僕の見える範囲で行われるようなものであったから、僕は幼い頃から絵という存在に、猛烈に興味を持っていた。その
こともあり僕は小さい時から(とは言っても僕はまだ十四歳であり、大人から見たら充分に小さい子供だとは思うけれど)父の絵を何回も見てき
た。僕は父の絵が大好きだった。僕は父の描いた様々な絵を見ながら育ち、そして僕自身も、絵を見よう見まねで画用紙に描いたりもしたことが
あった。そうやって父に影響されて絵に関心を持っている僕ではあるが、僕が絵を描くには一つ、わりと大きな障害があることも自覚していた。
 それを象徴するようなエピソードが一つある。僕が四歳になる頃だったか。幼稚園に入園して物心ついた辺りに、僕は暇さえあれば父の絵を飽
きもせずに、アトリエにこもって眺めることが習慣となっていた。僕は物静かで無口な子供であるから、創作の邪魔をすることもなく、父も僕が
アトリエに入り浸ることを――特に口にはしなかったが――気にすることもなく許していたのだと思う。そんな日々の中。ある時、僕がずっと無
言で絵を眺めつづけていると、父は微笑みながら、「佑介は絵が好きか」と訊ねてきた。僕は特に何も考えもしないで、頷いた。父の絵は好きだ
った。何がいいのかはわからなかったが、アニメを見るよりも、特撮ヒーローを見るよりも、父の描く絵を見る事で僕は安心感を覚えた。何より
心が満たされる感覚があったのだと思う。そう口にすることは出来なかったが(幼い子供にできるわけがないとは思うが)僕が頷くだけでも父は
満足したようだった。そして僕の頷きを継いで、父はこう提案してきた。「だったら、一か月後のお前の誕生日にお前のための絵を描いてやる」
父はそう言って、実際に僕の四歳の誕生日に、自らの書いた絵を僕にプレゼントしてくれたのだった。それは海の絵だった。昼間の空と海をポッ
プな画風で描いた、子供にも親しみやすい絵だった。しかし僕は、それを貰った時に、父に向かって奇妙な言葉を発してしまったのである。父が
僕にこう聞いて来たのだ。「どうだ。カラフルで、心が浮き浮きするだろ」。僕は言葉の意味がよく分からなかったので「カラフルって何?」と
訊き返した。「色がたくさん付いていて、楽しい感じの事だよ」。父はそう答えてくれた。色という物の概念は知っていた。僕の見る景色の中に
も、濃淡の違いやら、色の境目などはあった。そして僕は父から貰った絵を見てこう言った。「全部ねずみいろだね。カラフルだね」。父は僕の
その答えに、とても不思議な表情を見せて首を傾げた。父が僕を見るその目は、害のない不思議な化け物でも見ているかのようだった。僕はその
翌日、父に病院に連れて行かれた。そしてその病院で僕はこう診断された。色覚異常。僕は生まれつき、色を上手く認識できないのだと言われた。
青系統の色、赤系統の色、それらをうまく識別、区別することが出来ないらしいのだ。全色盲というわけではないのだが、僕の世界に存在する色
というのは、他の健康な人のそれよりもごく限られていた。僕の世界のほとんどは、薄暗いモノトーンで構成されていた。なぜ両親が、僕の色覚
異常を四歳になるまで気づかなかったのかと、今でもたまに不思議に思うのだが、僕は小さい頃からほとんど言葉を発したりせず、物を見た感想
や感動を言葉で伝えようとしなかったから、その時になるまで判らなかったのだろうとそう考えることにしている。僕が伝えない限り、彼らには
僕の異常なんて分からないのだ。家族であっても、近しい愛しい者であっても僕らは他人なのだから。僕らは言葉で、自らの異常を伝えていかな
ければならない。


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