295:真っ白と黒と無色の天使(お題:色鉛筆) 3/9 ◆/xGGSe0F/E[saga sage]
2013/08/11(日) 02:43:02.00 ID:VMBVgmEm0
それ以来、僕は父の言いつけを守るようにして、色のついた絵を描き続けている。
それと、基礎的な事を学ぶために、絵画教室にも通うようになった。近所に住んでいる、昔大学で絵を教えていたと言う
お爺さんが開いている半ば趣味のような絵画教室にて。僕はそこで父から教わらなかったことを学んでいた。十四歳になっ
た今、父はもういない。既に父が死んでから三年の月日が経っていた。僕が小学五年生の時に、父は亡くなってしまった。
僕に対して父が最後に発した言葉は、絵は誰に対しても開かれている、という言葉だった。未だに僕はその言葉に込められ
た意味が、上手く掴めてはいないのだけれど。
お爺さんの絵画教室には、四名の生徒が通っていた。週に二回、授業が開かれ、粉と油を塗り合わせて絵の具を作る方法
だとか、画布を貼ってキャンバスを作る方法などを、その先生から教わった。あまり堅苦しくない先生だった。厳しくせず
に、生徒の感性に任せて、自らの経験からくるアドバイスを丁寧に与えるやり方は、僕の性格に合っていたのだろう。だか
らこそ、こうして四年間も続けていられるのだ。先生は、もちろん僕の障害(と言っていいのだろうか)の事について知っ
ていた。だが、それでも彼は僕に絵を教えてくれている。僕に合わせた色の使い方を教えてくれる。例えば、色はどんな場
所に好きなように塗ってもいいのだが、どのくらいの厚さで塗ると色が映えるだとか、あまりこの色とこの色を近くに塗る
べきではない、と言った事を、感覚的に僕に教えてくれた。僕はそれを逐一覚えて、メモをして、体に染み込ませた。僕に
は見えないのだから、見える人に僕の色遣いを指摘してもらえるのは有難いことだった。
学校に友達の少なかった僕だが、絵画教室ではいつも一緒になる女の子と仲良くなった。彼女は同じ日の同じ時間に授業
を取っていて、最初はあまり話をしなかったが、次第にお互い話をするようになり、一緒に帰ったりするような仲となった。
彼女の名前は、雪原結衣と言う。僕より一つ年上で、人懐っこい性格の女の子だった。彼女は水彩画を好んで描いていた。
それに対して、僕は基本的に鉛筆画を描いていた。もちろん鉛筆画を書くきっかけとなったのは、恐らく父から貰った色鉛
筆だったのだろうが、しかし鉛筆画の素朴さは、理由もなしに僕の心を惹いた。僕の習作の為にと先生が描いた、本物と見
間違うほどのリアリティで描かれた猫の鉛筆画を見た時、僕が目指している場所はそこなんだと感じることが出来た。だか
ら僕は鉛筆画しか描かなかった。結衣は水彩画にて、ファンタジーの景色を書くのが好きだった。いろんな可愛らしい動物
が出てきたり、魔導師が描かれていたり、中世ヨーロッパ風のお城が描かれていたり。それは彼女がアニメや漫画が好きな
ところからきているのだろうが、彼女が描く不思議な色遣いの水彩画は、僕の心を掴んで止まなかった。そして彼女自身の
話し方や仕草、そして顔の美しさだったり、彼女の放つ生の感触の一つ一つが、妙に僕の心をざわつかせ、高鳴らせた。は
っきり言ってしまえば、僕は彼女に恋をしていた。恐らくこれが恋い焦がれると言う感覚なのだと思う。帰り道に、隣で歩
く彼女の声を聴くことだったり、可愛らしく笑う仕草だったり、髪から香るトリートメントの甘い匂いが、いつも僕をドキ
ドキさせ、混乱させた。僕は紛れもなく彼女に恋をしていた。しかしながら、一つだけ大きな問題があった。彼女にはすで
に恋人がいて、そこに僕の入り込む隙間はなさそうだと言う事だ。その事実がより僕の心を傷つけ、嫉妬心を煽り、孤独に
向かわせていた。そして僕は、以前よりも絵の世界に篭る時間が多くなっていた。
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