475:大場陽炎 3/3 (お題:おおばかげろう) ◆d9gN98TTJY[sage]
2013/08/30(金) 23:21:44.56 ID:zAp7y77r0
陽炎の語る棚田も、次第次第に広がりを見せ、かつて彼が語っていた通りに隠し様がない斜面一面の眩
いばかりの田んぼの棚が揃っていた。
その頃にはもう、寺社や城主に知れられており、それでも不思議に横槍を入れられることはなかった。
彼の持っていた教科書とやらも、一度は没収されたが返ってきた。
彼の指示に従って、村の衆は手が空いたなら棚田を作る。それを容認してくれたのだと、愚かしくも信
じていた。
どうせ蜻蛉。つまるところ蜻蛉。所詮は蜻蛉。
幾分かマシな身体つきになったとて、それでも未だ蜻蛉の如く細い彼を、寺社や城主はどんな目で見て
いたか。
甲も乙も丙もない。XYZという奇怪な記号が並ぶそれを、他ならぬ彼に解読させていたとは。
他ならぬ陽炎が、己が生きる糧を切り崩していっていたとは。
他ならぬ彼を蜻蛉と揶揄した、我々がそれに気付かずにいたとは。
好きに使える拓けた土地なぞあるわけがない。
棚田の最後の一段が完成したとき、祝いに来ていた城主に兵に連れられて陽炎は消えた。
勝手な開墾も罪である。
隠し田も罪である。
だが村すべてを罪人とするわけにもいかない。
陽炎の語った通りに、次なる棚田の開墾を求められ、村の衆は飢えずに暮らせる十分な食が保証された。
村の衆はこれからも働く。であるから、厳しく罰するわけにもいかない。しかし、誰かが罪を負わなけ
ればいけない。
そしてそれを負えるのは、始めは村の衆に嘲られ、終いには村の衆から尊重された、未だ一人身の陽炎
しかいなかった。
何しろ陽炎のいる限りは、村の衆は陽炎の指示を求めるだろうから。
だからこれは寝物語なのだ。
いかな栄達があろうとも、夢のままで終わってよかった事柄。
邯鄲の枕。一炊の夢。
そう願っても、どうしてもこれが|現《うつつ》でしかないのなら、せめて彼の名をこの地に残そう。
小さな場しかなかったこの村に、大きな場を与えてくれたお礼に祭ろう。
大場の夢。大場の幻。それでもこの大場の村の衆の眼に確かに映った、大場の陽炎と。
それは違えようもなく、いい夢だったのだと。
好きに使える拓けた土地なぞあるわけがなかった。
やっぱりこれは寝物語なのだ。
邯鄲の枕。一炊の夢。
蛍光灯に照らされた見慣れた室内を見て、大人とは違う自分の体格をひとしきり確かめて、つくづくそう
思い知らされた。
けれどあれは間違いなく、いい夢だったんだ。
かつて夢見たような、大場町の算盤の神様の人助けの物語のように、そうなりたいと願える大切な夢。
その夢を励みにして、また受験勉強に戻ろう。
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