729:お題:コーラと暴れ馬(1/1)[sage]
2013/10/12(土) 23:17:23.65 ID:ETlSRlARo
地方ローカルの居酒屋チェーン店を経営する俺は、もうすぐ冬の足音がする
頃に、久々の休暇を取った。親父の一周忌に参加するためだ。提携交渉を進め
ていた会社の社長が警察沙汰に巻き込まれたりしてごたごたしていたのではっ
きり言って、幸運すら感じた。
うちの親父は甘いものが大嫌いだった。北関東の牧場主でコテコテの古い考
えの持ち主だった祖父とは逆に、アメリカかぶれと呼ばれていた。好きな酒は
バーボンで、見る映画は西部劇、英語もろくすっぽ読めないのに分厚い原書の
写真集を取り寄せては家計を預かる母さんを泣かせていた。俺にもアメリカに
留学しろと強く勧めていた。
それでも、40年前、村おこしのために観光客の前でカウボーイハットをかぶ
り、コーラを引っかけては牧場の馬でロデオをやって見せていた。本当はバー
ボンにしたかったらしいが、一度やってみて落馬しかけたとかで酒はダメだと
気づいたらしい。飲み干したコーラの瓶を片付けるのは、母や俺たち子供の仕
事だった。
客の入りは大してよくなかったが、少しは利益が出ていたらしい。ロデオな
んて危ない事をやって、母を心配させていたことに見合うかどうかは別として。
俺は親父が大嫌いだった。自分は好き勝手にやるくせに、従業員にも息子や
娘、そして妻にも厳しかった。性別が男であれば理不尽な暴力を振るった。掃
除に少しでも手抜かりがあれば、「サボり」を責め立てたし、自分の思い通り
に事が進まないと、それを人の責任にして、長いこと忘れなかった。酒の肴に
人の法令違反を責める一方で、自分は法律をほとんど顧みていなかった。
牧場を弟に押しつけて俺は、板前になると言って家を出た。正直に言うと、
去年、親父が死ぬまで一度も顔を出さなかった。親父が死んで、母さんもよそ
へ嫁いでいた妹もみんなほっとした顔になっていたのを思い出した。親父と俺
から牧場を押しつけられた弟だけは親父の乱脈経営の後始末にきりきり舞いさ
せられていたので、青い顔をしていたが。
そんな親父の一周忌の少し前に、俺は親父の墓に缶のコーラを供えた。そ
う、親父が昔、まずいまずいと言いながらロデオの前に飲んでいたものと同じ
銘柄だ。瓶と缶との違いはあるが、昔ながらの甘いコーラ。
もう一本買って置いた同じコーラを開けて、俺は墓の前で飲んだ。口の中に
雑味の少ないさわやかな甘みが広がる。最近流行りのダイエットだのゼロカロ
リーだのを売りにするコーラではこの味が出ない。でも、自分のチェーン店で
の、甘いコーラの売れ行きはどんどん鈍っていった。
げっぷをこらえながら、コーラを飲んでいると、提携予定だった居酒屋のオ
ーナーが逮捕された一件を思い出した。自分よりも年上なそのオーナーは、印
象的な笑顔を持つ、快活な男だ。従業員もその面倒見の良さに惹かれる人が多
かった。店にもオーナーのこだわった食材や酒に付いたリピーターが大勢いた。
しかし、あまりにも古い考え方だったのかもしれない。彼は、若い従業員に
暴力を振るったのだった。さらには、その時に様々な労働法令違反についての
内部告発、あるいはちくりが行われて、あの店は大混乱に陥っていた。もう提
携どころではなかった。
話を聞く限りだと、親父の暴力とは五十歩百歩だった。親父が生きていれば
憤慨しながら言っただろう、「なんでこんな事で逮捕されるんだ?」と。
甘くておいしいコーラが売れなくなったのも時代のせいならば、親父のよう
な理不尽が警察沙汰になるようになったのも時代のせいなのだろう。
医者から言われた「糖尿病に注意して下さいね」の言葉を思い出しながら、
コーラを飲み干した俺は、握りつぶした缶をポケットに入れて墓を立ち去った。
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