28: ◆wPpbvtoDhE
2013/07/18(木) 23:23:47.76 ID:MIJGATeG0
「軽率、でした……」
この日、八重樫と木ノ下は江田宅に訪問していた。
三人は一つのテーブルに掛ける。隣並びの二人の向かいに座っている夏子は、怒るでもなく、悲壮に暮れるわけでもなかった。
「いいのよ。気にしないで頂戴」
「でも……!!」
一砂の記憶が目覚めないようにと誰よりも願っていたのは夏子であると……それを知っている八重樫は、己を叱咤してほしい気持ちでいっぱいだった。
だが、夏子は八重樫に煩悶を重ねてほしいなどとは微塵も思っていない。その落ち込みようから自責の念が汲み取れたということもあるが、何よりも、一砂のためだと思ったからだ。
「それより、あの子はどうしていたか……教えてくれないかしら?」
一砂が新しい環境に自ら飛び込んだことは、とても嬉しかった。
職場に馴染めているのか、元気でやっているのか、気になって仕方ない。
「見ている限りでは、馴染んでいるように思えました」
「そう……もっと、聞きたいわ」
高城一砂は幼少期に江田夫妻のもとに引き取られた「赤の他人」である。
それでも夫妻は一砂を本当の子供のように育て、一砂も家族のように接していた。
けれど、一砂は「どこか他人である」と考える気があり、子供の頃から気に入られる術を身に染み込ませ……夏子は、一砂の本当の気持ちなど知る由はなかった。
だが、奇病の件で一砂の気持ちを知り、彼が記憶を失った今は「本当の家族」になれるようにと心に決めたつもりだが「他人と思われている」と考えてしまうと、どこか怖くて、本心を伝えることは出来ていないままでいる。
今、一砂が職場でどういった傾向にあるのかなどとは当人に聞けば済むことだが、ありのままを本当に話してもらえているのか自信がない。そう不安になるほど、本物の母親になるということは難しいと痛感していた。
「高城君以外は女の人が二人居て、一人は歳が近くて……もう一人は年上の綺麗な方です」
「ふふっ、面白い環境ね」
「それで……仲が良さそうで……」
一砂が本当に元気でやっているとわかった夏子は、知らずに笑みを零していた。
しかし、思い返しながら話す八重樫の表情は、どこか寂しげである。
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